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とりあえず日々思ったことなんかをつらつらと。

 

何もない一日。

今日は何もない一日だったと言えるだろうと思う。
朝起きて、食事をし、着替え、洗顔をし、くぅちゃんの散歩に行った。
帰ってきたのちに掃除をして、午前中は昨日の疲れもあり睡眠。
午後は、Amazonで購入し先日届いた、ローグ・ワンのBlu-rayを見ながら、ネットでブラウズと艦これ。
夕方ローグ・ワン本編を見終えて、特典を見ている最中で、いったん視聴を止めて、午後のくぅちゃんのお散歩へ。
帰ってきて特典映像の続きを見て、夕食。
そして現在に至る。

ほぼ休日らしい休日で、ゆっくりできた感じですかね。
特段、心を動かされるような出来事もなく、日常の風景がまったりとたゆたっていた。
そんな一日でした。
というか、こういう一日が毎日続けばいいのになぁと僕は感じてしまうのですが、どうなんだろう。
昨日のミュシャ展観覧のように、心に感動を呼び起こすようなことも良いけれど、そればかりだと心が疲れてしまう。
適度な息抜きと休息は必要だよねと思うんです。
普段の仕事が割とストレスが溜まりやすい業種ではあるので。
ゆっくりできるときはしたいんですよね。

ゴールデンウィークだからといって、何か特別なことをする必要はないんです。
いつもの自分であれればいい。
そしてストレスにさらされなければ最高です。
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ミュシャ展

ミュシャ展

現在、東京の国立新美術館で開催されているミュシャ展を観覧してきました。
普段は17世紀のオランダ美術をメインに展覧会へ出かけている僕ですが、ミュシャは近代の画家でも特に好みの画家です。
今回、その代表作であり、本国チェコでもあまりきちんとした公開がされてこなかった至宝であるスラヴ叙事詩が20枚すべて日本にやってくるということで、これは見に行かねば絶対後悔すると思っていた展覧会です。
なにせ、スラヴ叙事詩がチェコ国外に出るのは初めて。これからもきっと海外に出る機会はほとんどなかろうという作品群です。
となれば、普通に見ようと思ったらチェコまで行かねばならず、それはちょっと大変です。そんな貴重な一群の絵画が「全部」セットで日本で公開される。
これはすごいことだと思っていました。
ちょっと仕事とか体調とかの関係で開催期間中に行けるか不安だったのですけれど、何とかフルで1日空いた休みを手に入れ、体調もそれに向け整えて、いざ観覧と意気込んで出かけました。

ミュシャといえば、以前、森アーツセンターギャラリーで開催された展覧会を観覧しています。その時は、ミュシャを世に知らしめる切っ掛けとなったミュシャ様式の作品をたくさん見たのですが、今回はどんな構成になるのだろうと思ってワクワクしていました。全100点の展示物があると事前情報を仕入れて、1割~2割程度は前に見た作品と重なりそうだということも踏まえて、見に行きました。
ミュシャといえばミュシャ様式ですが、ミュシャ様式を有名にしたのはリトグラフによる劇場ポスターです。その辺はリトグラフ故に枚数がある作品ですので、目にすることが容易な作品でもある。事実、今回の展覧会ではミュシャのリトグラフの多くが堺市から提供されて公開されていたものです。堺市所蔵なら見に行けるじゃない?
実際、以前見た展覧会とパッと思いつくだけでも、サラ・ベルナール関係のポスターや四芸術など、軽く10点を超える作品は見た記憶があったと言える作品でした。
良い芸術作品は何度見てもよいのですが。

さて。
今回の展覧会では会場が混むことを予想して出かけました。ゴールデンウィーク初日ですし、事前情報で混んでいるというのは耳にしていたので。
それで会場時間前後に到着するように出かけたのですが、すでに入場待機列ができていました。慣れたスタッフの誘導、タイミングとりのおかげで、割とスムーズに入場できました。
普段はあまり音声ガイドは借りないのですが、今回はスラヴ叙事詩がメインの観覧物。スラヴ民族の歴史やフス戦争といった歴史の知識などが必要となることが必須だと思えたので、より作品群を楽しむために音声ガイドを借りました。入場待機より音声ガイドを借りる列の方が時間かかった感じでしたが、あって正解でした。スラヴ叙事詩20点全部にそれぞれ解説がついており、絵のモチーフについての背景を学びながら観覧できました。お勧めですね。

会場に入り、ちらちら見える作品群からちょっと目を外して、展覧会ではお約束の挨拶文を読み、振り返る。
そこからもう、圧倒されました。巨大な一枚の絵が左手の壁面に飾られていて、奥正面にも同サイズの絵が飾られているのが目に飛び込んできました。スラヴ叙事詩の1枚目である「原故郷のスラヴ民族」と2枚目である「ルヤーナ島でのスヴァントヴィート祭」です。そう、この展覧会、メインの展示物が最初に展示してあるんです。
いきなりスラヴ叙事詩です。
少し、前説的にスラヴ叙事詩に至るまでの作品を見せてからスラヴ叙事詩が来るだろうと思っていた僕は度肝を抜かれた形になりました。
巨大。圧倒的に巨大な絵。ミュシャ独特の淡い色使いではあるものの、深く吸い込まれるような印象的な絵がそこにありました。
僕は以前のミュシャ展を見たときに青を使った絵が少ないと感じました。その青をふんだんに使った絵がそこにありました。「原故郷のスラヴ民族」でした。この絵の圧倒的な迫力と巨大さにまず心を奪われた。そんな展覧会でした。
そこからひとつひとつ、スラヴ叙事詩の絵を見ていきました。以前感じた青が少ないという印象から逆に、青い絵が多い印象を受けました。それはスラヴ民族の苦難の歴史や、戦いや死といったモチーフを表すのに青が使われていたから。
スラヴ民族の苦難の歴史を表現していくのに、悲しみを示す青が外せなかったのだと感じました。以前に感じたミュシャが青という色に持っていたのではないかと思った印象を裏付けるかのように、青の使われ方がすごく特徴的でした。
逆を返せば、青がない作品はスラヴ民族の平和的な時代を描いていたり、勝利のシーンだったりするわけです。こう考えたのは僕個人の主観なので、専門家の方から言わせれば違うかもしれませんが、僕は直感的にミュシャという画家が青という色に持っていた印象を、そうとらえました。
番号の塊で一か所に展示されていますが、順番は変えられて掛けられている部分もありました。関連する絵は並べて掛けられていますが、絵がとにかく大きいのでスペースの関係上で、入れ替えられていた印象。一応、見る人が特に意識しないで会場を歩いていれば、1枚目の「原故郷のスラヴ民族」を最初に見て、20枚目の「スラヴ民族の賛歌」を最後に見るようには並べてありました。僕は順番通りに行ったり来たりしながら観覧。一応、ナンバリングされているということはそれに意味があるのだと思ったので。
ですが、ナンバリングと製作順も一致しないし、たぶん、ナンバー順に見れば歴史をたどっていくことになるのだと思うのですけれど…。どうだったんだろう。少なくとも登場人物が前後することはなかったです。

スラヴ叙事詩を見終えた後は見慣れたアール・ヌーヴォー調の絵を観覧。ここは前に見た展覧会とのダブりも多かったですが、きちんと鑑賞。やはりミュシャといえばこれだよねと思いながらも、スラヴ叙事詩の衝撃が頭に残っていて、リトグラフの絵は少しちゃちに見えてしまいました。いや、素晴らしい絵なんですよ。どれも。
そして、会場内で一番空いていたのが、世紀末の祝祭と題されたコーナー。1900年のパリ万博の関係の絵と、プラハ市民会館の壁画の下絵が展示されたコーナーです。ここの絵はミュシャ様式でもなく、壁画の下絵ということで軽視されちゃったのかもしれないですけれど、よく見ると、どれもスラヴ叙事詩に繋がっていく重要な絵なんですよね。人物画が多いのですけれど題材になった人物はどれも、スラヴ叙事詩に描かれた人物。スラヴ叙事詩の簡易版ともいえる絵がそこにありました。これを軽視していっちゃうのすごいもったいないなと思いながらも空いてるのをいいことにゆっくり鑑賞しました。
そこからはヒヤシンス姫などまたアール・ヌーヴォー調のミュシャ様式が多用された絵が多く、また人が溜まりやすい傾向にあったように思えます。
ミュシャがポスター画家から、スラヴ叙事詩のような一大作品を手掛けていくようになる過程の作品が展示されていました。
やっぱり本の挿絵とか、切手や紙幣のデザインなんかもやってたらしく、そういうのも展示されてるのがミュシャらしいなぁと思いました。

今回の展覧会で印象に残ったのはやっぱりスラヴ叙事詩です。
もうその迫力といったらない。
他の絵はかすんでしまう。人の情熱ってすごいと思いました。スラヴ叙事詩は発表当時は時代遅れだと言われたそうですが(当時は抽象画などが主流になりつつある時代で、写実的傾向のある画風のスラヴ叙事詩は寓意が込められていても時代遅れの烙印を押されてしまったようです)、当時の人、見る目無い!と思いましたね。20点の作品の中で特に印象に残ったのは1枚目の「原故郷のスラヴ民族」と20枚目の「スラヴ民族の賛歌」、そして、唯一未完の作品である18枚目の「スラヴ菩提樹の下でおこなわれるオムラジナ会の誓い」でした。恐怖、不安を描いた「原故郷のスラヴ民族」、未完で終わりスラヴ民族解放のための誓いのシーンを描き、神に見守られた図を描いた「スラヴ菩提樹の下でおこなわれるオムラジナ会の誓い」、そして、苦難と困難を乗り越えた末に勝ち取られた解放を描き、自由と平和のシンボルである「スラヴ民族の賛歌」が特に印象的でした。
その他、スラヴ叙事詩を見ていて全体的に思ったこと。
絵の中からこちらを見ている人物がほぼ必ずいること。全部が全部に描かれているわけではないのですけれど、大半の絵に絵の中から何かを訴えかけるかのようにこちらを見ている人物が描かれていました。「原故郷のスラヴ民族」の主人公であるスラヴ民族の男女なんかは典型的なその例ですね。
何かミュシャに問いかけられているような気がしました。
そして、スラヴ叙事詩全体からは何か祈りというものを感じました。スラヴ民族が歩んできた苦難の道。その中で生まれたであろう人々の祈り。そういうものが込められた絵だと感じました。

素晴らしい作品群。
見れて本当に良かったです。感動の一言につきる。
全100点の展示で、僕が観覧にかかった時間は3時間弱でした。まぁ何回もスラヴ叙事詩を見に戻ったからね。
あ、スラヴ叙事詩のうち5作は写真撮影が可です。皆さん写真をとってました。
ただ、人が多いので人が写りこまないように撮影するのは困難かな?
あと、絵が大きいからどうしてもまっすぐ全体像を撮るのは難しいです。


「スラヴ菩提樹の下でおこなわれるオムラジナ会の誓い」
右サイドが切れちゃってますが、人とぶつからずにとるのはこれが限界。ななめに撮影されているのはどうしても下から見上げる形になるからです。他の4枚を撮影したのには人が写りこんでいます。どうしても人が多くて避けれなかった。
でも記念。
「スラヴ民族の賛歌」をバックに自撮りもしてきたよ。(笑)

 

屈折する星屑

屈折する星屑

江波光則:著
雨水龍:イラスト
ハヤカワ文庫JA


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江波さんの新作。
ハヤカワ文庫からはもう一作、「我もまたアルカディアにあり」という作品が出ていますが、それと同様、SFテイストの作品となっています。が、ストーリーのガジェットとしてスペースコロニーや宇宙船、ホバーバイクなどが出てきますが、内容的にはガガガ文庫で刊行された江波作品に似たテイストとなっていて、「我もまたアルカディアにあり」とはまた違ってSFじゃなくても話は成り立つなぁと思いました。

主人公ヘイウッドは屈折した青年。青春時にありがちな刹那的な思考で生きている人物です。オートジャイロを切ったホバーバイクを乗り回し、コロニー内の人工太陽にタッチするというイカロスダイブと言われる危険行為を繰り返しているような青年です。
最初はヘイウッドが恋人のキャットと、イカロスダイブで息まいている姿を描くところから始まります。ライバルであるヴィスコンティを負かしていい気になり、危険な行為から生き残ったという酩酊感に酔うという、そんな暮らしをしている青年でした。
この雰囲気は廃棄コロニーである物語の舞台となっているコロニー全体に広がっていて、若者たちは大体同じような感じの人物だったりします。
また、大人たちも何も言わない。かつて自分たちがそうだったから、そして今も適当に過ごしていても生活できてしまうコロニーのシステムにどっぷりと浸かっているから。ただ1人だけヘイウッドが会話し、ヘイウッドに「考えろ」と諭すのはジャンク屋の親父であるアンクルアーサーだけという状況でこの物語は始まっていきます。
このアンクルアーサーの「考えろ」というのが後々にかなり重い台詞というか、ヘイウッドの人生を変えていく切っ掛けになっていきます。

そんな状況で始まるこの物語。
隕石にへばりついた状態で1艇の軍用宇宙艇が落着することで、ヘイウッドの人生が急転していきます。
隕石の落着事故に巻き込まれたことで恋人であったキャットを失い、空へ上がる気力を失い、地上で狂犬のように生きるようになったり。ライバルであったヴィスコンティが空で後輩に負けたことから、マシンの修理を依頼されて空へ上がることを取り戻したり、隕石に乗ってやってきた脱走軍人で亡命者であるジャクリーンとのかかわり合いを得て、徐々にヘイウッドの中で何かが変わっていく。
読んでいると何かを失いながら過去にしがみつき生きていこうとするヘイウッドの立ち位置というのが悲しく感じます。
ヘイウッド自身もそれには薄々気づいていて、大人=自分の親やジャクリーンを見ながら、何かを考え、何が必要なのかというのを少しずつ、少しずつ蓄積させていきます。
ただ、彼自身はまだ酩酊感の中に居たいと考えていて、でもそれは許されなくて、というのがすごく悲しく思えました。

ジャクリーンとの対決を経て、決定的に子供でいることを、若者の刹那的な思考でいることを禁じられ、それまで考えていた自分の中にあった大人になることを受け入れざるを得なかった、このコロニーがどんな場所であったかを知ってしまった、考えて答えに行きついてしまった中で、どう生きるかの選択を強要される。
そんな物語となっていました。
最後に彼は馬鹿をもう一度だけやることに決めたようでした。そして、腐った世界を破壊することも選び実行した。
馬鹿をやるのはそれに気づき実行したご褒美であったのかもしれません。
子供だった、1人でやってるつもりで、周りに支えられていた。
じゃぁ最後に本当に1人で馬鹿をやろうじゃないか、そんな終わり方。
この後、ヘイウッドがどうなったかは読者の想像に任せるという形で終わっています。

たぶん、ヘイウッドはまっすぐな大人になったんじゃないかな?
汚さを大人の持つ汚さを拒絶して、馬鹿をやった最後の思い出を抱いて、まっすぐでクリーンな大人への階段を上ったんではないか?
僕はそう感じました。
ジャクリーンに諭された結果ではあったけれど、それは結果であって、ヘイウッドはたぶん1人でもたぶんそこへたどり着いた。
いろんな事件が起こったせいで時期は早まったけれど、1人の若者は青春を卒業していったのだと思います。
その過程は苦しく悲しいものであっただろうけれど。いつか彼が世界を楽しめる日がまた来ればいいなと思いました。

読後感がすごく難解に思えて、自分の中で咀嚼するのにちょっと時間がかかった作品でした。江波作品は読みやすくてわかりやすいけれど、ハヤカワで出てるのは甘く見ちゃいけないかもしれないですね。
なんか、ちゃんと読者層を選んで作品を出すレーベルを選んでる気がしました。
これからは気を付けていよう。

 

記憶をテーマに思考したら面白いんじゃないか?

人の記憶ってどこまで確かでどこまでが不確かなものになるんだろう?
という疑問が湧く様な事にであいました。
まぁ、僕がやったことではないとはっきりしていることを、やった本人からはがねがやったと言われてすごく困惑したという事態なのですけれど。
人間の記憶ってあいまいで、不確かで、正確さには欠けるなぁと思った次第です。
僕自身、鬱が一番むごかった時期の記憶はすごくあいまいで、数ヶ月に及んで記憶が欠落しているような状態です。
その後も数年にわたって、普段よりあいまいでしっかりとした記憶になっていない状態というのを経験しています。
だから、記憶違いとか、そういうのは理解ある方だと思うんですけれど、今回のような、記憶のすり替えみたいなパターンに何回か遭遇したことがあり、そういうのって、どうやって起こるのかなぁ?ってメカニズム的なところが気になりました。

でも、こういった問題ってどうやって調べれば答えにたどり着くのかよくわからなくて、調査には着手できてません。
ちょっと、そんな余裕ないですしね。今。忙しくて。
忙しいからこそ、記憶違いってのも発生するのかもしれないですけれど。
別の記憶となんらかのきっかけで、結びつきがこんがらがったときに、こういった記憶のすり替えみたいなことが起こると考えるのが一番自然な感じがしますね。
実際のメカニズムは分からないですけれど。

しかし、記憶ってどこまでが信用できるのだろうか?
ちょっと怖くなりますね。
自分の記憶は本当に、自分が思っているほど正確なのかと考えると、サイバーパンクの世界へ行ける感じがします。
サイバーパンクなんかではその辺を重点的に扱ってる作品も多いですからね。
「記憶屋ジョニー」とか。

記憶は忘れることもあるから精神の平衡保つことができると言いますけれど、この忘れるの中に思い違いをする。別の記憶とこんがらがるというのも入っているんでしょうね。きっと。
あまりに自分に不都合で、心に負担をかけるような記憶は忘れるとか、あいまいにすることで人間は生きていける。
あまりに、記憶を確かに持ちすぎると、ちょっと心に負担がかかりすぎるような気がします。
几帳面な人が鬱になりやすいというけれど、記憶力が良い人ってのも鬱になりやすいんじゃないかな。
そんな風にも考えました。

記憶と一言でいっても信じられる記憶、信じられない記憶、あいまいな記憶、いろいろあるなぁと感じました。
ちょっと、テーマにして思考したら面白いかもね。

 

本当の弱者は誰だ?

弱者は保護というか、守られるべきだと思う。
優遇というか、手助けをするべきだと考える。
だから、電車の中に優先席などがあるのはよいことだと思うのです。
でも、時々、弱者って誰だって思う瞬間があったりするのもまた事実という話。

都会を走る電車には女性専用車っていう車両があります。
痴漢被害を避けるために女性が乗車することが前提となっている車両です。女性以外には小学生以下の子供や体の不自由な方が利用してよいことになっています。
でも実質問題としてですね。女性専用車を使っているのは女性だけなんですよね。
女性が性的に弱者であるという前提で、女性の権利を守るという意味で作られた車両なんですけれど…。女性ってそんなに社会的に弱者かい?って疑問に思う訳です。
あれが女性専用車ってことで痴漢被害があるという前提で話が進んでいて、男性の言い分は聞かれないのではないかと思ったりするんです。
事実、痴漢冤罪事件ってのはあとを絶たないみたいですし、女性側が冤罪を吹っかけてくるという話も聞きます。
実際問題として、女性が「この人痴漢です!」って声を上げたときに、駅員や警察は基本的に女性保護の立場に立ってしまうので、何もしてなくても、そのセリフを吐かれたら社会的に抹殺されますという抹殺宣告な台詞を女性側が持っているわけなんですよね。
ということは、本来の弱者ってさ、冤罪を吹っかけられる可能性のある男性側なのではないかと思ったりもするのです。

女性専用車があるにも関わらず、女性専用車に乗らない女性も多いですし、冤罪事件を吹っかけてくる女性もいるという事実があるにもかかわらず、男性には保護の手が差し伸べられてないのはなぜだと思うんですよね。
電車に乗っている人数の大半が男性だからとかそういう理由なの?
ちょっとチープな理由だなぁって思わないでもないです。

もし、本気で痴漢被害を失くしたいなら、女性専用車、男性専用車と完全に分けるべきだし、そうしてないのなら、あれを女性専用車というのはやめた方がいいのではないだろうかと思うんです。
本当に弱者であり、保護を求めている人がその恩恵にあずかれるようにするべきだと思う。
例えば、女性専用車という名前はやめて、エスケープ車両とか優先車両とするとかね。

まぁ、なんでこんなことを考えたかっていうとさ。
今朝、電車に乗ったときに、入り口付近にいると邪魔になるし終点まで乗るので、奥の方へ入ろうとしたのです。
その時に、鞄が女性に当たったのね。
そしたら鬼のような形相でにらまれたの。
で、鞄を棚に乗せたときに、その女性との距離が近くなったんだけど、また鬼のような形相でにらまれたんです。
その女性とは逆側にいた男性がもうちょっと隙間を詰めてくれればぶつからずに済んだんだけれども、結果的にはぶつかった。
謝ったんだけれども、鬼のような形相でにらまれてしまったわけです。
そんなことがあって、そんなにぶつかるのが嫌ならば、すいている女性専用車に行けばいいのにと思ったんですよね。
そして、同時に女性専用車って弱者を守る車両じゃなくて、ただ単に女性を優遇している車両だなぁなんてことを考えて…。
それで、電車の中で弱者は誰だって思ったわけです。

障害を持たれている方や、小さい子供は明らかに弱者でしょうけれど…。
女性が弱者っていう時代じゃない気がするんだよね。
昔ほど、ラッシュ時の男女比も開きはないでしょ?
痴漢の話だってさ、僕の乗ってる路線だとたぶんほとんどないんだよね。それほど混んでないから。
じゃぁ、冤罪を吹っかけられる男性の方が弱者になるじゃんってことを考えて、もやもやした次第です。

本当の弱者は誰だ。保護を求めてる人のためにあの車両はあるべきだなのではないかな?

 

状態。

怒りと焦りと。
今の自分には必要ないものというか感じてはいけない感情。
でも抑えることができなくて、カリカリとしています。
良くないですね。

人間の感情って自由になりそうなものなのに、実際には自由にはならなくて、自分では制御できないですよね。
それが、楽しいとか嬉しいという感情であれば自動的に湧き上がってきても問題はないのですけれど。
怒りや焦りといった負の感情が自動的に湧き上がってきたときには何か対処をしなければなりません。
お茶を飲んで気を静めてみたりするといったことは割とメジャーな気晴らしではあります。
ある一定のレベルを超えてしまうと、そういった即効的な対処では効かなくなって、抜本的に対策をしないといけなくなってしまいます。
今の僕の状態がその状態。
残念ながら、今、抜本的な対策をとることができていないので、僕の状態としては、「良くない」状態にあります。

とりあえず、現状を乗り越えることが抜本的な解決案なので、時間の経過とともに乗り越えていけることを祈るばかりです。
早くこの状態を脱したいです。

祈ろう。天に。そして、自分に。

 

ACCA13区監察課

同名のコミックが原作のアニメ。1クール12話で放送されました。
原作は未読で視聴。
ドーワー王国という架空の国が舞台となっており、ドーワーは13の自治区からなる国。
それをまとめているACCAという組織(治安維持組織で警察や司法、消防なども兼ねる。アメリカでいうFBIやCIAも含んでる感じでした)を舞台に話が進むサスペンス。
各区を査察ということで巡っていくジーンを主人公として、ジーンは各区へ行ったときに手土産としてたばこをもらう。たばこは貴重品と設定されていて、安易にもらえるものじゃないというのが話のキーになっていました。

ストーリーは各区でクーデーターが画策されているという噂がある中、ジーンが各区に異常がないか見て回る、区長やその地位にいる人物からたばこをもらうという流れで数話が流れていきます。
すごく静かなんですよ。この話。
そのうち、ジーンが王家の血を引いているということが分かり、たばこをくれるというのはクーデーターに参加して、ACCAを廃止しようとしている王太子を廃し、ジーンを次期国王に据えるという目論見に参加しますという意思表示だったという話。
各区で思惑がちょっとずつ違ったり、ACCAを束ねる5長官の中での陰謀劇あり、王家の血を見守る間諜の活躍ありと、こういったサスペンスものとしては、ネタがいくらでもあるのにしずかーに話が進行していきます。
なんでしょうね。
緊迫感がないのとはちょっと違うのですが、アクション性とかそういうのが廃絶されており、現実にありそうな陰謀ものとして描かれているからでしょうかね?本当に静かに物語が進んでいく感じを受けました。

結果的にクーデターは起こるものの、それをよしとしないジーン自身の思惑や協力者の影響もあって、クーデターは目的を果たしACCAは存続しますが、王太子も廃されることもなく次期国王として安定を得、ジーンとその妹であるロッタも王家の人々と交流を持ちつつも、今の生活を維持していけるという誰もがWin-Winになる終わり方でした。
その結果として、裏で手を引いていた5長官のひとりである、リーリウムだけが割を食った感じですかね。まぁ、リーリウムが最終的には悪役なんで仕方ないというところですが。
結果、13区のひとつでありリーリウムの出身区であるフラワウ区が独立しますが、ドーワーとしてはフラワウ区が無くてもやっていける基盤ができてリーリウムの思惑は完全に失敗しています。ドーワーはフラワウ区がいずれ帰ってくるのを待つというエンディングでした。

つまらないということはないのですが、本当に静かに話が進み、また絵柄のスタイリッシュさと相まって、人を選ぶかなぁこれ、って思いました。
話の半ばまではクーデターがどうのと言いつつも、ジーンの観光巡りみたいな話ですしね。
珍しいタイプの作品だなって思いました。

 

ツツジ。

ツツジです。

暦の上では立夏が近づいてきていて初夏も近い雰囲気ですが、まだ暖かかったり寒かったりもする春の陽気。今朝はちょっとひんやりとしてました。
そんな中、ツツジが満開を迎えようとしてますね。
ツツジは割と垣根とかにされてることが多い植物なので目に触れる機会も多い花です。

昔は濃いピンクの花が主流で他の色はほとんど見なかったように思うのですが、最近は薄いピンクのものや白いのもあって、見てて楽しいですね。
これは薄いピンクにすこし濃いピンクのアクセント入ってるものでした見た目も鮮やかで、少しなまめかしさを感じました。
朝から。(笑)

いろんな花が咲いていき春は深まっていってますね。

 

楽園追放 –Expelled from Paradise-

2014年11月に公開された劇場用アニメーション。
先日3月末にテレビで放送されたのを録画したので視聴しました。本当なら録画してすぐ見る予定だったのですが、体調面とかいろいろあって、見られずにいました。
もともと、この作品、劇場に見に行ければ見に行きたいと思ってた作品だったんですよね。ただ、公開劇場が少なくて地元ではやっていなかったんです。少し遠出して見るか、会社帰りに劇場へ寄るかという選択だったのですけれど、その時にあんまり体調がよくなくて結局見に行けませんでした。
どうもこの作品を見るのには障害が多いような気がします。僕的に。
その代りににノベライズが劇場公開前に発表されていたのでそれを読んでストーリーは知っています。テーマも物語も抑えた状態で、今回、テレビで放映されたのを視聴した次第です。

人類が人口増加問題を人間のデータ化という手段で解決している遠未来が舞台。
データ化された人類はメモリが許す限り自由に過ごすことができるディーヴァという楽園で暮らしています。
ディーヴァ、ラグランジュポイントに設置されたコロニーであり、巨大コンピューターといえる施設。
そこへ地球から不正アクセスしてきて、謎の広告を流すフロンティアセッターという存在に対して捜査するるために、主人公であるアンジェラが捜査官として派遣されるという物語。
アンジェラは地球での捜査のために生身の身体を得て、捜査に乗り出すのですが、地球の流儀に困惑しながら、地球に残った人類の生活を目にすることになります。
そしてフロンティアセッターと邂逅し、その存在がどういうものなのか、目的が何なのかを知って、ディーヴァとの共存を訴えるが…、フロンティアセッターの目的はディーヴァの上層部には理解されず危険分子とされてしまいます。
フロンティアセッターの協力で脱出したアンジェラは、フロンティアセッターの目的である遠宇宙への探査航海への出発に協力するという流れです。

そんな物語を描きながら、人類とは、AIとは、より人間らしいのはどちらだと問いかけてくるストーリーで、結果的にアンジェラはより人間らしい生き方をする決断をします。
結果的に楽園であるディーヴァを追放されることになるのですが。
ただ、それはそれで追放されても、楽しそうでより人間としての生の喜びを得られる結末だったのではないかと思いました。

まぁ、ストーリー知ってて見たのですが、アニメでも十全にそのテーマや物語が語られていて満足。
ノベライズではどうしても得られない、スピード感あるアクションなども映画ならではの綺麗な映像で表現されていて、アニメならではの楽しみもできました。
最後に主題歌を飄々と歌いながら去っていくフロンティアセッターが妙に面白かったです。
ノベライズとはまた違った魅力があって、何度もみたくなる良作だなぁって思いました。

楽園追放 –Expelled from Paradise-
アニプレックス


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ヘヴィーオブジェクト 北欧禁猟区シンデレラストーリー

ヘヴィーオブジェクト
北欧禁猟区シンデレラストーリー


鎌池和也:著
凪良:イラスト
電撃文庫


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13巻目です。
前の12巻がいつもの3章構成を廃して7章で構成された短編の連続といった作品となっていましたが、この巻も15章と小分けにされていて、音楽CDのトラック表記を模した形になっています。
これはこの巻の主人公がいつものバカ二人じゃなくてマリーディで、マリーディの好きなロックバンドのCDを模した感じになってるんだとおもいます。
そう、この巻はマリーディが主人公になっています。へヴィーオブジェクトの1巻以降はどこから読み始めても良いという例のルールに従って、この巻を読む人もいるのかしらね?
たぶんいないとは思いますが、死の祭典を読まないでいきなりこの巻を読み始めると困惑すると思います。マリーディについてほとんど説明がないので。
最初から順に読んでる人には死の祭典での活躍や、他にもちらほら顔や名前が出てきているのでなじみのキャラではあるのですけれどね。
ですが、クールビューティ―な性格と12歳という年齢のミスマッチから人気は高いキャラクターなんだろうなと思いますね。
読んでいて、クウェンサー&ヘイヴィア組より読みやすい、動いているキャラクターに感情移入のしやすさを感じました。

死の祭典では特殊な環境が舞台となっていましたが、今回はマリーディが普段戦っている北欧禁猟区が舞台となっています。
また、マリーディは航空戦力のパイロットですが、そうそうにベイルアウトして地上に降りて、活躍はほとんど地上での活躍になります。
全体的に今まで北欧禁猟区っていろいろ出てましたが、具体的にどんなところなのか描写はされずに来ました。ここらで、北欧禁猟区ってこんなところだよという紹介をするかのように、マリーディはあっちへ行ったりこっちへ行ったりと大忙しの活躍を見せていました。
おかげで、北欧禁猟区がどんな場所なのかよくわかったです。
結局、人はどこでも戦っているし、どこでも陰謀を張り巡らしている。割を食うのは一般の兵士や一般人だというところですね。

マリーディは厳しい人だけれど、結局は弱者の味方の良い人なんですよね。普段は兵士ですので、敵対者には容赦はないですけれど、事情が絡めばいろいろな気を回すことができる有能なキャラクター。そして今回、それに色を付けるのがお荷物になるナンシー。
ナンシーは大人なキャラクターですが、精神的にはマリーディのが上で上下関係が逆転しているのが面白かったです。
登場の仕方の不自然さとかあって、ナンシーが結果的に敵役になるのかなと途中ハラハラする感じがありましたが、今回は(へヴィーオブジェクトでは良い役が一転、敵役になったりする展開も多い)そんな不安も実現することなく、おおよそ理想の展開で終わっていきました。
細かく章分けされているので目まぐるしく展開が移り変わっていきますが、ナンシーの存在が結構、息抜きになって面白かったです。

エリートが出てこない話ですけれど、エリートがどうやって作られているのか、エリートの人材をどうやって確保しているのかにかかわる話となっていました。
やっぱり人道的にはよろしくなかった。
前回の話もエリートの悲劇にまつわる話だったのですが、今回の話はさらにハードな一面があって悲しくなった。
最後はスカッとしましたけれどね。
たまにはクウェンサーやヘイヴィアが出てこない巻というのも良いですね。

 

Fate/strange Fake④

Fate/strange Fake④

成田良悟:著
森井しずき:イラスト
電撃文庫


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4巻目です。
あとがきで「5巻で終わると言ったな、あれは嘘だ」と作者の成田さんが書かれていますが、奈須さんや三田さんが突っ込みを入れてる通りというか、そんなことはすっかり忘れてました。
というよりも、Fate/Zeroで扱った第四次聖杯戦争のサーヴァント7柱の戦いのほぼ倍のサーヴァントが出てくるこの話が、文庫版のFate/Zeroより少ない巻数で終わるなんて誰も信じやしないと思うんですよね。
偽りの聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントとされる6柱が出てきた段階、ぎりぎり許して、7柱目としてセイバーが出てきたあたりまでだったら、それくらいのボリュームで終わることもあるのかな?と思えなくもなかったですが、結果的に「7日限定の聖杯戦争」として13柱のサーヴァントが戦う話となった本作で、いくら何柱かのサーヴァントがあっという間に消し去られようと、5巻で終われるとは思えませんよね。
まぁ、倍くらいかかるんじゃねーの?という目で見ています。10巻くらいまでで片がつけばいいね?といったところでしょうか。

Fateといえば、源流のstay nightから派生して、いろいろな作品が出ていますが、本作はいろんな作品から設定をかいつまんで繋げている印象があります。
いろいろな作品が出てる中でも、世界設定を同一とするstay nightやZero、ロード・エルメロイⅡ世の事件簿などから登場人物を引っ張ってきていて、この話があの冬木の聖杯戦争と同一世界の物語であって、他のスピンオフとはちょっと違うのかなと思わせる設定が盛沢山です。特に今回は、ロード・エルメロイⅡ世の事件簿の登場人物である、ロード・エルメロイⅡ世に出番があり、また、話の一番盛り上がるところでクローズアップされるのが彼の弟子であるフラットであることから、その辺の設定とのつながりを強く意識しました。
実際のところ、この話って冬木の聖杯戦争の世界と同じ世界の話なんですかね?
PrototypeやGrandOrderなんかは、冬木の聖杯戦争の世界とはちょっと違う別世界の話とされているけれど、この話は色濃く冬木の聖杯戦争との関係が描写されています。
気になるのは明らかに冬木の話とは別世界の話となるPrototypeのアヤカが出てることなんですよね…。彼女がPrototypeで関係したサーヴァントの話をし始めたら、おのずとこのstrange Fakeも別世界の話ということになるのでしょうけれど。
今のところは、アヤカ自身も本人か怪しい状態ですし、僕個人の願望としては、この物語はstay nightにつながる話であってほしいなと思いっています。

さて、長々と物語の本流ではないところへの感想を書いていますが、本編の感想としてはすごく困る感じです。
なんというかですね登場人物、陣営が多すぎてですね頭の中で整理しながら読むのでかなり苦労します。
「7日限定の聖杯戦争」の二日目の様子を描いているのですが、基本的に各陣営が何をしているかを書いていって、最後の最後に椿と偽りのライダー(ペイルライダー)をめぐる戦いを描くという流れ。
フラットが意識のない椿を救うために、警察署長(偽りのキャスター陣営)と手を組んでことをなそうというところに、ジェスターやアルケイデスが絡んでてんやわんやになってるところに、各陣営が集まってきてさらにてんやわんやになってます。読者としては椿にはなにも非はないので、救われて欲しいのですけれど、その為にはペイルライダーは排除しないとダメだろうなぁとか思ってます。
結果をぼかしたまま、朝になった描写があるのですが、これどうなったのよとすごく続きが気になる。だって半分近くの陣営がそこで何かをしているんです。何かが起こって何かが始まるのは確か。
おそらくこれが「7日限定の聖杯戦争」の激戦の始まりだと思うんですよね。
期待感が盛り上がったところで終わっているので…早く続きを続きを!ということになる。うまい引き方だ…。
ずるい。

しかしアルケイデスの宝具、四次のバーサーカーみたいな能力ですね。明らかに、ギルガメッシュ対策な感じではあります。
今のところ、純粋な力ではギルガメッシュ、エルキドゥ、アルケイデスが3強といったかんじでしょうかね。
サーヴァントではないですが、イシュタルという存在が出てきてますので、この人物を含めて4強なのかな。
でも主人公ってアヤカ達セイバー陣営だよね?という疑問が。今のままだと、獅子心王に勝ち目ってあんまり無いように思えるんですよ…。
先が全く読めないstrange Fake。ともかく早く続きが読みたい!

 

ハナミズキ。


二日休んで出勤という形になってしまいましたが。
朝、マンションの玄関を出ると、休む前は咲いてなかったハナミズキが満開でした。
びっくり。

休んでいた間、確かに夏日が続いて暖かい気温となっていたのですが、土曜日とかにはまだ咲いてなかったんですよ?
それが一気に咲いた感じでした。
というか、暑さですでにしおれてる感じ?(笑)

桜が咲き終わり、このハナミズキをはじめとして一気に春の花が開いてきている感じがします。
寒かった春先が終わって今年は一気に初夏になったので、花たちも慌てて花開いているような印象。
なんか、せわしない。
もうちょっとさ、ゆっくりと、次々に咲いていく花々を楽しませてくれよぅ。
一気にじゃ、気ぜわしい感じであんまりよくないなぁ。
春を春として楽しみたいよ。

 

二日連続でダウン。

二日連続でダウンで欠勤です。
しょぼーん。
金曜の夜から数えれば、5日目ってことになるの…かな…。
やっと、メガネを掛けなければふらつかない程度には回復してきました。
メガネかけると死にます。
テレビはまだちょっときつい感じですね。

横になれば落ちちゃうし。
体調良くないんだなぁと実感。ゆっくり休むしか今はできないなと。

 

ダウン。

金曜日にはもう体調は良くなくて。
というか先週は体調不良をおして出勤していて。
金曜にもうむりっていう段階を迎えてた。
土日で回復するのを願ってたけど、ずっと体調は悪いままで、今日は目眩が酷くてダウン。
無理でした。

明日には回復できると良いなぁ。
気が付くと落ちてるような状態なんだけど…。うーん。

 

Rewrite 2nd Season

1期目に続いて2nd Seasonです。1クール11話で放送されました。
1期目では1話が特番で1時間分、13話で放送されたのでなんか短くなっている感じですね。2期目が1期目より分量少ないって割と珍しいのではないかなぁと感じました。
僕の体感的には余剰な話が多く、これ描く必要があるの?というのがだらだらと続いていっている印象を受けたので、長く感じましたが…。実際は短めの放送でした。

原作ゲームのMoon編/Terra編をアニメ化したということらしいのですが、原作ゲームをプレイしていない僕にとってはこのアニメが初見となります。
1期目は学園ものとして、そして世界の終わりを描く話として成立しており、学園生活でのハーレムもの(美少女ゲームにありがちな設定)の背景にガイアとガーディアンの戦いを描き、資源が枯渇していく世界で、世界も人も守れないで終わるというバッドエンドでした。
それをやり直す、Rewriteするというのが、この2期目だと思って見始めました。
当初想定していた内容は、1期目の話をなぞりながらも、異なった選択をしていき、破滅を回避するという内容でした。
そしたらですね?
全く違った話が展開されてすごく困惑しました。

Moon編はよかったんです。1期目の話を受けて、どうあっても悲劇で終わる道を回避するために、世界が終わるたびに篝と邂逅し瑚太朗が可能性を模索するという話を抽象的に描いていました。
その中で、1期目で出ていた他のヒロインの協力もあり、ひとつの未来への可能性を得るというお話でした。
舞台が篝のいる田園風景に固定されており、ただ、パネル上に描かれた系統樹の中で、途絶えないものを模索するという話で、盛り上がりには欠けるし、繰り返しの物語ですし、単調ではあります。
でも、この作品のテーマを象徴する話としてあったのだと思い、あまり不満もなく見てました。
で、このMoon編は14話から16話の3話で終わり。ひとつの可能性を見つけたということで終了します。

そして始まったTerra編。
困惑しました。まず、瑚太朗の年齢設定が今までとずれている。もとより実際はヒロインたちより年上ということで、能力などのおかげで若くいられたとされていたのでそれはいいのですけれど、1期などで描かれた年齢とかけ離れすぎた感じに思いました。
言うなれば、1期などでは学生=子供だった瑚太朗がいきなり二十代中盤の大人として描かれている印象を受けたんですよね。ギャップに困りました。
また、ストーリーもガーディアンのエージェントであり、各地の紛争に参加しているとか、元のテーマやストーリーに関与しない部分から始まったので、なんだこれ?ってなりました。
そのうちに世界の鍵である篝にまつわる話になっていき、ガーディアンとガイア両方に所属する二十スパイのような存在になって、篝のために働いていくという感じになります。
目的は、篝に「良い記憶」を与えること。
そうしないと世界は滅びを迎えてしまい、またやり直すことになるけれど、資源が枯渇した地球にはもうやり直す力が残っていないというストーリー。
そのために瑚太朗はいろいろな選択をしていくのですけれど、それが、どうにも篝に「良い記憶」を見せるための選択に思えなかったんですよね。話の展開上。
また、最後にはぎりぎりのタイミングで「良い記憶」を見せることができたとされていますが、物語上で語られた「良い記憶」がそれほど良い記憶に思えなかったことや、それが良い記憶であるならば、今までの瑚太朗が何度も篝に見せていただろうにと思ってしまい、なんかチープさを感じてしまったんですよね。
また、Terra編ではそれまでのヒロインたちが完全に脇役となり(瑚太朗の年齢設定のせいもあり、他のヒロインたちは小さな子供として描かれている)、その辺も不満でした。彼女らとの絆を手がかりにして、良い道を模索するんじゃないのかよと…。

そんなこともあり、テーマと描き方がちぐはぐさを感じさせ、盛り上がりにも欠ける感じがあって、あまり楽しめませんでした。
描きたかったことがいっぱいあって、それを盛り込んだら、ちぐはぐになった。そんな印象を受けました。
これだったら、普通に学園ハーレムものを見せてもらった方が楽しめたんじゃないかなぁという印象です。
ゲームではヒロインたち個別のルートがあったらしいので、それらがないせいで、ちぐはぐさを感じたのかもしれませんけれど。
ちょっとアニメとしては楽しめなかったなぁ。残念な感じです。

 

ケイオスドラゴン 赤竜戦役 3

ケイオスドラゴン 赤竜戦役 3

三田誠:著
混沌計画:原作
しまどりる:イラスト


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アニメ、ケイオスドラゴンのノベライズ3巻目です。最終巻となります。
ハイガでの祝ノリの登場から、混成調査隊の崩壊、シュカへの移動と最終決戦を描いていくとい形になります。
描き方が相変わらず的を得た形で、その時に各登場人物が何を考えているかとか、その時にこの人物にどういった変化があったかとかがきちんと明確に描かれています。
もちろん主人公である忌ブキと混成調査隊の仲間たちではない、祝ノリの心情などはほとんど描かれず、主人公たちの視点から見た様子を描くというのとどまっていますが、必要な情報は伝わってくる。
この巻でいえば、祝ノリの異常性や白叡の人の好さとかがきちんと描かれています。登場が一瞬でシメオンの描写がほとんどなかったのは残念かな?

忌ブキが祝ノリの秘密、赤の竜とのつながれものになっている、祝ノリが死んで生き返るたびに赤の竜に負担がかかり、そのせいで赤の竜が狂ったという事実がこの巻で語られていくのですが、その点にかなりの分量を割いて描かれていたように思います。
何か、おかしい、忌ブキの能力と同質の契約であれば、対価は必要であろうし、では祝ノリはどのような対価を払っているのかというのが謎としてあったのですが、明確になっていった感じです。
同じシーンがアニメでもあったはずなのですが、ほとんど記憶に残ってないです。
祝ノリの異常性を描かれたことに目が行ってしまい、重要な点であるその部分が記憶に残ってないというのはアニメでは情報が視聴者に情報がちゃんと伝わってなかったのではないかな?と再度思いました。
これは婁が七殺天凌の命を無視してスアローにつっかって行くシーンでも同様で、なんでそこまで婁がスアローに固執するのかがアニメでは明確になっていませんでした。
ですが、このノベライズでは、スアローがものを大切にしない(というかできない)代わりに、物への執着はせずに新たなものを生み出していく、それが人というものではないかと考えているとしっかりと描いたうえで、逆に婁は七殺天凌に固執し停滞していることを描いている。婁から見ればスアローの言が、自分を否定していて自分自身のアイデンティティである七殺天凌を否定しているので、必ず打ち取らないといけない相手であると認識していく過程が描かれていて、納得いくものとなっています。
また、本筋から離れてしまうこの二人の戦いに多くの分量を割かずに忌ブキが祝ノリと対決し、エィハを犠牲に赤の竜を救い、またエィハが生き残る術を勝ち取っていくという流れを重視して描いています。
アニメではこの辺のウェイトが逆転していたのでなんだこれ?になりましたけれど、きちんとニル・カムイの王として最初の民を救う行動をとっていく忌ブキの姿が描かれていました。

本格的なファンタジーとしてきちんと面白かった。
アニメは全然楽しめなかったのにノベライズではすごく楽しめた。
基本的に同じ話を描いているのに、表現の仕方が少し違うだけで、それを面白く感じたりつまらなく感じたりすることってあるんだなぁって思いました。
ケイオスドラゴンの企画はなし崩しにダメになってしまったけれど、このノベライズに準じた表現をアニメがしてくれてれば、もう少しもったんじゃないかなぁ。
ただ、爆発的なヒットとはいかない題材ではあるので、企画自体が結構無謀だったかもしれないですね。
スマホゲームには僕も手を出してませんでしたし。
スマホゲームやボードゲームのストーリーも三田さんの執筆で本にしてくれないかなぁ。

 

限界。

今日は朝から頭痛とめまいで始まりました。
ただ、まだお仕事を休むわけにはいかなくて、とりあえず頭痛を押さえるために鎮痛剤を服用して出社しました。
会社ついてから始業までダウン、お昼休みダウン、という感じですごして、何とか仕事をこなしましたが…。
無理ーむーりーだよー。
残業は無理っぽく。定時で撤退しました。
一日に二回も三回も鎮痛剤を飲むのは嫌なので、午後半ばあたりから頭痛がぶり返していたのですが、がまんしていました。
でも限界。
今日は早じまいしようと思います。

きゅぅ。

 

情報から隔絶されていく。

お仕事が忙しいのです。
なので、ちょっと無理をして残業とかしながらお仕事をこなしているのですが、鬱による自律神経失調を患っている身ですので、少しの残業でも顕著に疲れの影響が出てしまい疲労困憊で過ごしています。
それなのに、朝早く出勤している分やお昼休みを削ってまで仕事にとりかかっていたらですね、さすがに限界を迎えました。
今日は休憩していていい時間はずっとぐったりと机に突っ伏していました。

そういう状態になっていると、スマホを使って情報を得たりするのもつらいですし、おうちに帰ってからも時間が無くてニュースなどを見ている暇がありません。
そうなってくると情報から隔絶していってしまって、世間で世界で何が起こっているのかが分からなくなっていくという弊害がありますね。
さすがにアメリカがシリアにミサイル攻撃したとか、ものすごく話題になってるニュースは耳に入るのですけれど、そこから先のインプットがない。
そうやって情報から孤立して隔絶されていく感じを今、味わっています。

もう少しすれば、たぶん落ち着くと思うんですけれど、そうじゃないとちょっと精神的に参ってしまっていて、もたないとおもうんですよね。
すっきりと晴れ渡った空のように、軽い心を取り戻したいです。
なるべく早くに。

 

降り続かなかった。

昨日、春雨かな?とか菜種梅雨がどーとかのたもーたはがねです。こんにちわ。
菜種梅雨とかって、まず3日以上は雨が降り続く様子を言うようで、全然当てはまってないなぁと昨日の事を思い出しながら恥ずかしい思いをしてたのは内緒です。

今日は朝晩はそれなりに冷え込みましたけど冬のコートが必要なほどではなく、昼間は暖かかったようです。
このまま、花冷えな日とかはないまま、暖かくなっていくんですかね?
暖かいのは歓迎です。
寒いの苦手というか、冷え性なので、寒いと体の末端部分がとてもつらいので。

天気予報ではしばらくは雨のマークはついていませんでしたね。
ですが、突然のにわか雨には注意が必要なようで、雨マークは無くても不安定な天候であることには変わりはなさそうです。
天候に左右されやす状態なので、なんとか影響を最小限に抑えるようにしたいですね。気圧の変化とかどうやって対抗処置を講じたらいいんですかね?
実はよくわかってないので困ってます。
寒暖差なら服装でカバー出来るんですけど。

まだ、体のそして心の調子がおかしいです。
とりとめのない文章がその様子を醸し出してると思いますが、いつものことなので気にしないでください。
ちょっとつらいだけですから。ほんとですから。

 

春雨かな。

春雨といっても僕がお昼に常食にしてるローカロリーな食べ物じゃないですよ?春の長雨とも言われる気象状態の事です。菜種梅雨とも呼ばれるらしいです。

気圧が下がる割には乾燥してて雨が降らない時期が続いてましたけれど、日曜あたりから雨が断続的に降ってる状態ですね。
今日はここしばらく暖かかったのからうって変わって寒い。寒の戻りかのような気温。天候も相まって気が滅入る感じです。

それはそうと、意外と日本語には雨を表現する言葉が多いです。
雨の時期もいろいろありますし、気候的には雨の多い地方になるんですかね?日本て。
ふだんはそんなに雨降りが続くとかいう意識は持たないですけど。雨が多いというと熱帯雨林みたいなの想像しちゃうから日本くらいだとまだまだですよーといった感じでしょうか。

雨が降ってることくらいしか、今日書くことなくてですね。こんな風に雨に絡めてなんか駄文を書いているしだいです。
実際のところお仕事がいまもの凄くストレスで気をそらさないとダメはいる感じなので無理矢理ストレスから目を背けてみました。

春雨。まだ春の雨は冷たい。

 

CHAOS;CHILD

1クール12話+1話で放送されました。同名のゲームが原作となります。
第1回目の放送では1時間の特番で第0話として前作となるCHAOS;HEADのダイジェスト版が放送されました。
ですが、このダイジェスト版でCHAOS;HEADを理解するのは無理。(笑)
まぁ、なんか、渋谷で事件があったということと渋谷が地震で壊滅していることくらいは分かるかなといったところ。
数年後、このCHAOS;HEADの事件に似た事件が起こり、その事件を主人公である拓留が所属する新聞部が追っていくというストーリーになっています。
事件を追っていくにしたがって、実は自分が事件の中心にいたという話の展開をしていきます。

冒頭から話の半ばまでは、CHAOS;HEAD同様に、気味の悪い事件を追っていく流れで、普通のサスペンスといった感じだったのですが、半分くらいから不穏な雰囲気が流れ始めて、拓留の周りが巻き込まれ始める。
拓留の友人が拓留の妹として育った子を殺害しちゃたりと不穏な感じになっていきます。興味本位で探っていた事件の真っただ中に放り出されて困惑した中、物語が進んでいき、前作の基本設定であるギガロマニアックスの能力とかが絡んでいるという流れになっていきます。
結果的には、前作での元凶の組織で働いていた人物の狂気的な好奇心や、拓留のイマジナリーフレンド(ギガロマニアックスの能力で現実化している)が元凶だったというオチで終了します。
結果的には拓留が一連の事件の犯人として逮捕され、精神を病んでいるということで強制入院させられているというバッドエンド。
全体的に見ていて面白い話にはなってませんでしたね。

科学アドベンチャーシリーズに連なる話ですので、Steins;GateやRobotics;Notesなんかの雰囲気を求めちゃったんですけれど、CHAOS;HEADの直接の続編であるだけあって、雰囲気はCHAOS;HEADの方に似たところがありました。
主人公がだんだん追い詰められていくところとかそっくりです。
ただ、CHAOS;HEADを知っていることが前提となるあまりに、ギガロマニアックスの設定とか能力についてはほとんど説明されないまま使われていたり、作品としては不親切なところがあった感じ。
続編的作品だから、それでいいのかもしれないですけれど、ちょっとあまりにもという感じを受けました。

バッドエンドで終わったのは前述のとおりなのですが、これに続く話がCHAOS;CHILD SILENT SKYとして制作され、イベント上映として公開されるということが最終話で予告されました。
ということはこれで完結じゃないんですね。
なんとなく、Steins;Gateで助手を救えないで終わる感じ?最後のハッピーエンドを見ないで放置された感じのところで止まっているといえば、TVで放送した分を見た感想としては一番あってるかもしれない。
これじゃ、なんか満足いかないよ。そんな気分。

科学アドベンチャーシリーズに含まれるのか疑問ですが、Occultic;Nineのアニメもそんな雰囲気で終わってるんですよね…。
志倉さんがらみの作品で2連発でうっぷんのたまる終わり方された感じです。
メディアミックスだからとかあるのかもしれないですけれど、きちんと最後まで各媒体で終わってほしいなぁ。

 

桜を見るために雨の中をプチドライブ。

気分転換を兼ねて雨の中を桜を見にプチドライブに行きました。
市内の県道が桜並木になっているところがあるのでそこへ。車で通りながらの花見です。例年通りなんですけれど。
20170409-1-桜1
場所は県道18号線。十日市場の駅から、国道16号線(八王子街道)と交差するまでの4㎞程の道のりが、ずっと桜に囲まれた通りとなっているので、毎年そこへ桜を見に行っています。
今年は満開の時期に当たって素晴らしい見ごたえの桜が出迎えてくれました。
ちょっと天候が悪くてガスがでてて、ちょっと先の桜がけむってしまうのが残念と言えば残念でした。

20170409-2-桜2
場所によっては桜のトンネルのようになっています。
あんまり伸びすぎてしまった枝はトラックなどにぶつかるため、行政によって切られてしまうのですが、今年はぎりぎりまで伸びた枝があって、割とトンネルのように見えるところが多くあって見ごたえがありました。
素晴らしかったです。

20170409-3-桜3
桜の樹って、枝じゃないところからも花が咲いているところがあるんですけれど、これ、伸びてそこが枝になるんですかね。

20170409-4-桜4
今年の桜はまばらに咲いて、東京と他の地域で咲き方が違ったりしたけれど、神奈川でもちゃんと満開の桜がみれました。よかったです。
少し、気晴らしになってればいいのだけれどね。

 

ケイオスドラゴン 赤竜戦役 2

ケイオスドラゴン 赤竜戦役 2

三田誠:著
混沌計画:原作
しまどりる:イラスト


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アニメ、ケイオスドラゴンのノベライズ2巻目です。
3冊構成の真ん中ということで、序盤とクライマックスのつなぎのような話をやっていた部分となります。
内容的にはハイガで禍グラバと邂逅した後、混成調査隊がどのように動くかという会議があって、結論として赤の竜が狂った場所とされるオガニ火山へ調査に赴くという流れ。
そこで出会った竜が狂った証拠、根拠を目にした上で、ハイライトとして巨人との戦い。そして、忌ブキの妹である祝ノリが登場してくるところまでとなっています。

重点が置かれているのは忌ブキと周りの人の人間関係。それと、スアローの過去と婁の考え方の在り方というところでしょうか。
忌ブキは赤の竜に与えられた力が「友達」という犠牲を強いることから、他人から距離をとろうとしていますが、元来の性格から、徐々にいろんな人物を「友達」と認識していく過程が描かれています。この巻ではその片鱗が見受けられるのが、敵であった楽紹やエィハといった人物。スアローや婁にはまだ警戒心というか、距離感があるように見受けられます。決定的に「友達」として認識できてないのが、忌ブキを王としてあがめる革命軍の人たちなのが皮肉なところです。敵であった楽紹ですら、その本心や人柄に触れて「友達」と認識されるというのに、忌ブキのためにと言いながら、忌ブキの犠牲になろうとする革命軍の人物(この巻では緋エン)が「友達」として認識されてないのは皮肉なことだなぁと思いました。
これは原作であるレッドドラゴンでもそうだったんですけれど、忌ブキって混成調査隊の面々や自分の内心を打ち明けてくれる人には親近感を持つけれど、国のためっていう目的があけすけに見える革命軍には心を開かないんですよね。
レッドドラゴンでは忌ブキにこういう特殊能力はなかったので、アニメ化にあたっての変更点となるのですが、忌ブキの考え方、人との距離感をうまく物語に組み込んだなぁと思いますね。

忌ブキを中心とした人間関係が文章で書かれることで、すごくわかりやすいです。
婁がもう、明らかに七殺天凌のことしか考えてないとか、スアローが過去の自分と忌ブキを重ねてみてるとか、アニメだとシーンは挿入されても、何と結びついているのかわかりにくかった箇所が明確になるので、すごくすっと話が入ってくる印象。
そして、何よりも面白いって感じるんですよね。婁の行動だけちょっと唐突に感じるところもあるにはあるのですけれど(楽紹殺害とか結果的に理由は分かるんだけれど、そもそもなぜそこに行ったのかとかが唐突に感じないでもないです)、アニメ版の説明不足はものすごいものだったので、これくらい説明してくれると話に没入できてよかったのです。

さて、あと一冊。
アニメは歯切れが悪く終わった感じがあったけれど、エィハ以外の人の行く末とかきちんと描いてくれるかなぁ。

 

仕事の事。

お仕事のことってほとんどBlogやTwitterではしゃべりません。
守秘義務ってのがありますもので、どの辺までしゃべっていいかわからないからなのですが、基本的にしゃべっていいかわからないなら初めからしゃべらなければいいじゃないというスタンスで過ごしています。
でもさ、愚痴りたいときとかあるわけですよ。うまくプログラムが組めないとか難しいとかいろいろあるわけでさ。
でも、プログラムの難しさとか困難さとかって人に言ってわかってもらえるかというと微妙な部分ですし…。そもそもですよ、難しさを説明するにはそれなりに内容に触れないと分かってもらえないと思うんですよね。そうなると守秘義務ブロックが来るわけです。

ですが、愚痴りたいんです。
いろいろあるんです。
体調悪いのおして、会社いってお仕事してるんです。誰かほめてくださいって気分なんです。
全く僕の担当分うまく行ってないですけれど、僕のせいじゃないんです。って言いたいんですけれど、言っていいのかな?っていつも迷うわけです。
まぁ、この程度なら、何のことを言ってるのかわかるのは僕の体調面が芳しくないのを愚痴っているという面だけだとおもうので、良しとしてくださいな。

正直ですね四六時中、仕事の事考えてるんですよ。
家に帰ってきても、やらなきゃいけないことを脳内で積み重ねてみたり、プログラム組むロジックの案を模索してみたりしてるんです。
基本、脳内でやっているのは守秘義務関係で仕事の資料などを持ち帰れないからなんですけれど。
いろいろ明日は、これこれを試してみよう、これこれをやらなきゃいけない、そういったことを四六時中考えてます。
正直ですね。疲れます。これは。
何とか突破したいんですけれど。

来週は体調不良をおして、残業までしないとだめかな…。残業すると次の日に響く可能性が高いから避けたいんですけれど。ね。

 

天候不安定すぎ。

今日は晴れて、暖かくなりました。
仕事中は事務所に閉じこもりっきりなので、空の様子は分からないですが、そんなに悪い感じではなかったようです。
晴れからうす曇りって感じだったとおもいます。

でもこれ、一見安定してみえるんですけれど、超不安定です。
暖かかったり、寒かったりもそうですが、気圧が不安定になっていて、風が強かったりしています。
暖かく過ごしやすく、安定しているように見えているんですけれど。
不安定さの影響がじわじわ身体を蝕んでいくのが分かるんですよね。
段々、身体が言うこと聞かなくなっていく感覚があって、すごく嫌な感じのする日でした。
めまいや頭痛といった影響がじわじわ出てくるの。
なまじ、外が安定して見えるから、油断しちゃうんですよね…。
油断してると、体調悪化にたいする身構えってできてないから、ちょっとしたところでも崩れていくのがよくないですね。

明日からは目に見えて崩れていく感じだと思うので、少しは気を張っていかないといけないかな。
不安定さはよりきつい感じになるのかもしれないですけれどね。
なんとか乗り越えていきたいですね。

 

桜見てきた。

桜、このままだとちょっと忙しくて、見に行く間もなく散ってしまいそうだったので、会社の近所であるところなかったかなぁって考えてみました。
いつもは表通りを通って帰るのですが、裏通りに1本あったのを思い出しました。
それで今日はルートを裏通りに変更して、桜を見てきました。
記憶通り、1本、桜ありました。
咲いてた咲いてた。
見たところ7~8割咲きってところですかね。

下から桜を撮るとどうしても空が入ってしまって、逆光気味になって暗く写ってしまいますね。
どうにかならないかと思ったんですけれど、うまく行きませんでした。
夕方だったし曇っていたので逆光にならないと期待していたんですが、僕の知識と技術だとこの程度の写真が良いところですね。

仕方ないので、アップで。
アップだと樹がバックに入ってくれるのでうまくとれたかな。
綺麗ですね。でももう、葉っぱが出始めてます。
東京だとこんな感じみたい。
家の近所だとまだほとんど咲いてないらしくて、今年は本当に咲き方が一定してない感じですね。
それと、完全に満開になる前に葉っぱが出てきちゃたりでうまく咲かない感じみたいです。
気候のせいらしいですけれど、綺麗な桜、見たいですよね。

 

桜が見れてないです。

東京では桜が満開を迎えたらしいですが…。
ちょっと忙しくて桜の咲いている場所に行く暇がなくてですね。
桜、ソメイヨシノが咲いているのを確認できてないです。見れてなーい。
ていうか、本当に咲いてるんですか?桜。そんな気分にさせられます。

近所の桜は咲いてないらしく、まばらなんですかね?
咲き方が。
ニュースでも桜まつりを開催したものの、全然咲いてなくて祭り期間を延長したところがあるとか言ってました。
というか、東京だけ先走って咲いちゃってるのかしらね?

なんにせよ。
割いているうちに一回は見ておきたいなぁ。
年1度の季節ものですしね。
僕の余裕がないのが、見れてない一番の理由なんですよね…。
余裕さえあれば、少し足を延ばすだけで見ることはできるとおもうので。
時間的、精神的、体力的な余裕が欲しいですね。
そうじゃないと、お花見もままならないですよ。

まぁ、なんにせよ、まだ桜の期間としては余裕ありそうですので、何とか余裕を作って見に行ってみましょう。
近所の幼稚園とか緑道にあるのが一番近い桜かな?
でも、うちの近辺、まだ咲いてないんだよなぁ。
なぜに。

 

機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ(第2期)

鉄血のオルフェンズ第2期です。1期目と同じく2クール25話で放送されました。全50話ということになります。2期目といってタイトルを変えず、話数のカウントも続いてるのは好感がもてます。あからさまな続きなのに2期目だからとかでタイトル変えるの実は僕は好みではありません。

1期目は家族というものをテーマに一連の流れで鉄華団がどうなっていくのか、クーデリアがどうなっていくのかを描いた物語でしたが、2期目ではその辺のテーマ的なものの見極めが割と難しかったのかなと感じました。また、人によって物語の受け止め方が違うため、本当に監督が意図していたテーマというのがどこにあったのかがよくわからない作品だったなというのが僕の正直な感想です。
ですが、主人公が三日月であるっていうことを改めて考えた上で、2期目の25話のあらすじを再度見返してみて、僕は今回のテーマは「道」だったのかなと思いました。
1期目のテーマであった「家族」が安寧に安定した生活を送っていくために、必要な「道」を模索する物語だったのではないかと僕は考えたんです。
その「道」はいろんな可能性があって、どの道を行くんだ?というのを問いかけるのが三日月の変わらぬ役目。そして、オルガが示した「道」を切り開くのが三日月という主人公の役割だったのではないかと考えたのです。
そう考えることで、一見、ぶれずに何も考えずにただオルガに従っているだけに見えてしまう三日月の存在というのがクローズアップできて、道を示したオルガに対して答え合わせをして見せる主人公の図というのが出来上がるのかなと感じました。
だからこそ、彼は最後までオルガが示した道を外れなかったし、その道の先に自分たちの居場所があるんだと信じて戦っていました。
三日月は質問者であり、回答者でもあったん訳なんですよね。

戦場で育った三日月やオルガたちは戦うことでしか選択肢を選べなかったけれど、もしこれがクーデリアがとかだったら違う「道」を選ぶことができたと思います。
そもそもが、26話目(2期1話目)の時点で彼らは彼らが居るべき場所っていうのを半ば手に入れていたんです。いろんな横やりがはいってくるので、それを排除する必要はありましたが、その結果、悪い方向悪い方向へ転んでしまい彼らは悲しい結末を迎えてしまう。それでも生き残ったものたちには、その居るべき場所の土台を作ってみせた。それがこの鉄血のオルフェンズという話だったのかなと思いました。
結果、悲劇を描くことになったけれど、それはそれで尊いものだったのではないかと思うのです。
戦いしか知らない戦場の孤児である彼らが、家族の安定と安らげる場所を目指す「道」を描いた物語。そう考えると、悲しくも納得はいく話だったと思います。

全体の感想としてはそう感じたんですけれど。
ストーリー展開としてはんんん?となる部分もなくはなかったです。特にMAとの交戦を描いて三日月が半身不随になるエピソードが真ん中あたりにあるのですが、ガンダムというロボットものとしてのテコ入れ以外の価値があまりなかったかな?って思いました。
バルバトス壊してルプスレクスへ改装するための話題作りと、身動き取れなくなっても自らのなすことをなそうと行動する三日月を描くためといえば必要だったのかもしれませんけれど、MAじゃなくてもなぁって思わないでもなかったです。むしろ、ギャラルホルンのMSの連携で追い込まれたという方が、後の展開にもあっていたのではないかな?一度は追い込まれたけれど、2度目はないよみたいに。
あと、清濁併せもち「道」選びを間違えない象徴として、オルガとの対比として描かれていた大人であるラスタルが、いざ戦闘になるとイオクにはダメって言ったダインスレイヴを使いまくっていたことが雑さを感じました。
三日月の操るバルバトスを筆頭に、ガンダム・フレームのMSのそろった鉄華団に対してそれしか打つ手がないんか?と言いたくなってしまった。ダインスレイヴが強力すぎてびっくりですけれど、禁止兵器を禁止した側が使っているのだから、もう少し丁寧に理由や言い訳を説明してほしかったですね。イオクをたしなめたときに少し説明はありましたけれど、その後も禁止されてるって負い目が全くないかのように使いまくってたので違和感を感じえませんでした。

他の人の感想を見てると、マクギリスの馬鹿化というのが割と話に上ります。
これ、僕はそう思わなかったんですよね。
それまで策略とか駆使して裏から手を回して組織改革を進めていたかに見えたのに、急に力こそ正義みたいにふるまって散っていったことからそう言われているのですけれど、彼の根本って鉄華団と同じところ、同じ視点にあって、戦うこと、力を見せつけることで組織とかを改革できたり、手中に収めることができるって思想なんですよね。
その片鱗は1期の時から見えていて、重要なところでは必ずMSで道を切り開いてます。彼は純粋無垢な力というものに憧れを感じている人物で、その思想によって鉄華団にミスリードを与える役目を担っていたと思います。
それが、結果的に彼を破滅に導いたけれど、急に馬鹿になったのとは違うと感じました。彼も鉄華団同様、戦場でしかいきれない類の人物でしたし、力への妄執というラスタルとは別の道を示す人物だったと思います。
まぁ、ちょっと描き方は雑だったように思えますけれど。たぶん、彼の描写はもっとすべきだったんだろうなぁとおもいました。
マクギリス、重要な役割を与えられてたのに、ちょっと理解されてない感じで可哀想だったなぁ。

悲劇を扱った、悲劇を乗り越えていくという結末で終わるガンダムって珍しいんじゃないのかな。Zガンダムが悲劇で終わりますけれど、あれとはまた違った悲劇を描いていました。
悪魔の名前を冠したガンガムが悪魔のように戦って、最後に悪魔のように打ち取られて終わる。でも、その打ち取った人物が彼らは人間らしかった誰よりも人間らしかったと表現する終わり方がとても印象的な作品でした。
ガンダムが悪魔の名前を冠することを決められたときから、この悲しいエンディングは決められた流れだったのかもね。

 

幼女戦記

同名のラノベが原作のアニメ。1クール12話で放送されました。
原作はB6判のノベルズ形態のラノベで最近はやりの形態ですよね。こっちの方が利益率が良いんでしょうか?文庫サイズの本より高価ですし、Web小説を手直した作品が多く出ているような感じがします。この作品もそんな作品で、ネタとしては昨今ではあふれかえっている転生ものとなっています。
原作は未読で視聴しました。ですが、少し情報を入れたところほぼ原作通りだけれども、削られたシーンがあること。まだまだ途中であるところで終了していることは理解ました。

日本のサラリーマン(管理職っぽい)が人事の仕事をした=クビにした結果、逆恨みされて駅のホームから突き落とされることで死亡。
別世界へ転生するという流れになっています。
転生した先は地球とほぼ同じ地図を持っているけれど、違う歴史をたどって来た別世界で、第一次世界大戦と第二次世界大戦の合間のような歴史、地図を持った世界。
サラリーマンは少女として転生し、まだ童女=幼女と言える年齢で軍に志願して軍功をあげていくという話になっています。

主人公であるサラリーマンは一貫して転生後のターニャとしか名前が出てきませんが、歴史マニアだったのか、第一次大戦や第二次大戦の結果経緯に詳しく、現在、自分が所属している帝国の戦況がどうであるか具体的に分析して、戦略計画を進言したりして高見を目指していました。これはサラリーマン時代の上昇志向の高い人格がそのまま出ており、紛争だらけの世界でもって、安寧を得るには軍で戦果をあげて昇進し、安定した安全な暮らしを得るためにやっているというのが泣けてくる話です。
もともとが、そういった性格で、神など信じない徹底した現実主義者であったことから、神=ターニャの呼ぶところの存在Xの不況を買って、転生させられて、ひどい目にあっているのですが…。存在Xへの憎しみを口にし、その思惑に反して安定した暮らしを手に入れてやると頑張っていく話です。

こう書くと、すごくターニャが人格者であるように聞こえるかもしれませんが、舞台は軍隊であり、軍功をあげるってことは厳しい戦闘で生き残っていくということですので、ターニャは基本、鬼のような人物として描かれています。まぁ、作中でも「ラインの悪魔」とか呼ばれてますし、サブタイトルからして「Saga of Tanya the Evil」ですからね。
どれだけ、ターニャが恐ろしい人物かがわかろうというものです。
この鬼な様子と見た目が幼女であるというギャップを楽しむ作品ってところでしょうか。
非常に面白かったです。

ターニャが幼くして軍功を上げていける理由は転生先が魔法が存在している世界であったこと。ターニャの魔法の素質がかなり高かったことがあげられます。
そのおかげで、ターニャは軍功を上げていき、新設された大隊の隊長になって歴史を動かすような戦闘にかかわっていくという流れになっています。
これ、魔法がある、大戦時の地球をモデルとしているという面で、少し前にアニメでやった終末のイゼッタと似ていますが、転生ものであったり、魔法に関してなんら説明がないこと(あるものとして前提条件のように扱われているし、魔法を使るのも割と多数いる)などの違いがあります。
1話を見たときはイゼッタに似た世界観だなぁと思いましたが、作品として全く似てませんでした。こちらのがハード。

ターニャの属する帝国(たぶん第二次大戦時のドイツがモデル)は周りの国を飲み込む形で終戦気分に浮かれていたところ、その実、周りの国が敵ばかりになっていたというところで幕。
それにいち早く気が付いたターニャは残存勢力の殲滅を進言するけれど、かなわずに戦争終結=自分の安寧を手に入れられないという結末でした。
最後に神にたいして暴言と文句を垂れる演説をしている姿が可愛かったです。なにせ幼女なので。(笑)

これ、原作ではどの辺までアニメ化されたんですかね?
まだまだ続きは作れそうな感じですけれど、2期目はあるのかな?
人気はあったみたいだから、2期目ありそうな感じですね。

 

南鎌倉高校女子自転車部

同名のコミックが原作のアニメ作品。1クール12話で放送されました。
昨今流行りの自転車もののアニメで主人公が女の子たち5人からなる集団ということで、ろんぐらいだぁす!と似ています。
あちらは大学生で集団といっても自分たちでチームを組んでの行動でしたけれど、こちらは高校生で部活動という形式をとっています。
その辺が違うところですが、自転車(ロードレーサー)って楽しいっていうことを描いている点で、よく似た作品だと言えますね。
原作の6巻冒頭くらいまでをアニメ化していますが、オリジナル要素も多いです。また、登場人物が多くなるようなエピソードを削ってシンプルに南鎌倉高校女子自転車部の部活動の模様を描いていくというのに終始していました。

長崎から鎌倉へ引っ越してきたひろみを中心に自転車の楽しみを描いていく作品なのですが、昨今のはやりに合わせて利用する自転車はロードレーサーとなっています。
自転車を使うといろんなところへ行けるよというのがメインの流れになっていて、学校のある鎌倉やその近辺への電車利用での輪行などの風景を描いていました。
だいたい、鎌倉や三浦半島など神奈川県内を舞台として、いろんなところを巡っていく間に、自転車の楽しみに気づいていくという話。
正式な部活動として認められる前の3ヶ月の試用期間というのは原作通りですが、原作ではまだ決着のついてない、部の正式認可がアニメでは降りるというラストになっていました。
「自転車を楽しむ」ということ。それが認可条件になっていましたが、まぁお約束かな。

A応Pによる自転車の魅力紹介のミニコーナーがあったりして、初心者に自転車って面白いんだよ!というのを紹介するというのに終始した番組だったなぁという印象です。
原作にあるちょっと近未来的な施設の利用とかは無くなっています。
その方がまとまっていてよかったかも。
12話できちんと終わっていて、原作よりテーマがきちんと伝わって来たかな。
面白かったけれど、ちょっと自転車アニメは食傷気味なんですよね。
直前で放送されたろんぐらいだぁす!と被る内容が多かったので、余計にそう感じてしまったかも。
その辺はちょっと損をした作品だったかな。

でも。
自転車の魅力ってさアニメでみるよりも、まず乗ってみることだよね。
そういう面に関してはA応Pのコーナーがあったのはよかったかも。

 

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日記は思考が結構、鬱っぽいので鬱日記になること多し。
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