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とりあえず日々思ったことなんかをつらつらと。

 

屋外空気清浄機

屋外空気清浄機なんてことを考えてる。
大きさはビル位で、緩やかに周りの空気を吸い込んでフィルタリングして外に排気する。
まんま空気清浄機。
実際には発生する気流の問題やコスト、建築費、効果なんてことをマトモに考えれば全く現実的なアイディアじゃないのは重々承知の上。でも、なんとなく考えずにいられなかった。

何でこんなこと考えたかというと、中国の大気汚染の問題と花粉症。僕は花粉症じゃないんだけど、見てると辛そう何ですよね。そしてもう個々の企業努力のレベルじゃねーだろと思える中国の大気汚染。
個々の企業でやるなら工場の排気設備にフィルタリングするのがよいのだけれど、そんなことしそうにないお国柄だし、そも社会主義なのだから国家事業として巨大な空気清浄機を設置するのが「らしい」じゃんとか考えてたらちょっと楽しくなった。

実際には空気中の微細粒子を吸着する建材とかもあるらしいし、そういうのを使ったり、工場排気や車の排気をクリーンにするのが王道なんだけれど。クラレとか旭化成のジャンルだよね。
でも、あったら面白くないだろうか、屋外の空気を綺麗にする巨大空気清浄機。
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追い立てられてる時と平穏な時と

追い立てられてる時ってのはそれ自体でもの凄く精神はストレスが掛かって負担なのですが、アルテイド平穏な時に限って不安感ってのがムクムクくるのはどうしたものかとか思ったり。

まぁ、余裕がある時ほど余計なこと考えるという好例かなとも思いますけれども、どうせ考えるならハッピーな未来や出来事を考えたいです。(切実)

なかなか難しいんですけどね。
音楽の力でも借りて、思考をプラス方向へ切り替えましょう。

 

割り切りとストレス

いろいろ、割り切った方がストレス無く生きていけるのは分かるんだけど性分としてそういうわけにも行かずってのは、とても損をしてると感じるわけです。
なので、前よりはだいぶ割り切って行動し思考するようにしてるんだけれども、性格ってのはそう巧くコントロールの効くものでもない。

無理なものは無理。
そう言うことは大切だと思う。
言えなかったから、心を病んで、追いつめられて…。なんてのはゴメンなのです。

少し無理にでもダメなものはダメ、無理なものは無理と言った方が自分を守る事につながる。こんな時代だから自分の身はきちんと守らないとなと思うのです。
だから、今日はすこしだけ、無理なものは無理と言いました。
ちゃんと理由もあるし納得はしてもらえたはず。

 

エーコと【トオル】と部活の時間。

エーコと【トオル】と部活の時間。

柳田狐狗狸:著
MACCO:イラスト
電撃文庫


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第19回電撃小説大賞〈金賞〉受賞作。
学園ミステリーもので、全体の雰囲気はストレンジボイス、ペイルライダーと言った江波光則作品や、こうして彼は屋上を燃やすことにしたと言ったカミツキレイニー作品に似た、読んでる途中でブランドを電撃だよな?ガガガじゃないよな?と確認したくなる作品でした。
読後感的には、それらの作品よりはマイルドで、ものすごく心が痛む作品ではありません。ぎりぎりのラインで語られてる感じで、こう言った作品印象の作り込みが出来る作家さんなのかなと感じました。
これらの作品に似ているということは僕にとってはとても好きなジャンルです。読みやすさもあり、そのマイルドさ視点を持っているエーコの語り口、どれも面白く感じました。酷くドライな雰囲気の中に、人体模型のトオルが居ることで、雰囲気がスゴく緩和されてる感じがしました。

主人公でありほぼ唯一のヒロインであるエーコが、ものすごくドライな視点で行動して物事を語ってるのだけれど、そこに諦めとか達観みたいなものは、エーコが語るほど感じなかった。
そこに僕が感じたのははみ出してしまったエーコからみた、普通の人の醜さや復讐心といったことを感じました。
エーコが割と積極的に事件を解決しようと動く(もちろん自分に火の粉が降りかかってるからという面はあるのですが)のは、そういった、隠れたエーコ激情の現れだったんじゃないかなとも思います。
よもすればその激情でを滅ぼしかねないエーコを、良いバランスで引き留めていたのがトオルなのかなと思います。ちょっとすっとぼけたその話し方が話全体にマイルドさとユーモアを与えていました。

続編は難しい感じだけど、なかなかに一作品だけで終わっちゃうのがもったいない感じのキャラクターたちがすごく魅力的でした。キャラもそうですが、トリックの作り方もアルキメデスの法則にこだわってみたりすごく作りが丁寧。さすがは金賞受賞作というところでしょうか。

 

灼眼のシャナSⅢ

灼眼のシャナSⅢ

高橋弥七郎:著
いとうのいぢ:イラスト
電撃文庫


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短編集。最終巻で予告されていた通り刊行されました。これで灼眼のシャナとしては最後の作品と言う事です。
実質的なエピローグが1冊分の分量になってしまう為、こういう体裁を取ったのかなと思いました。そのやり方というか展開にはあまりうまさを感じないんですよね。
長く続いた作品ですからそれなりにエピローグが長くなるのは分かるんですが、最終決戦からきちんとしたエピローグを描いてこそ、上手い作家さんなのではないだろうか?
エピローグだけで1冊になっちゃうと言うのは、豪勢であるけれどちょっと疑問に感じる。
だって、本編は読んでるけど短編は要らないって言う人はこの実質的なエピローグを読まないでシャナを終えてしまう訳で、それはあまり良い感じはしないから。
本編で語られていた、悠二の弟か妹の名前の話や、選んだ彼が選んだ道行きがどういうものかということを本編として描いていないのはちょっと足りないと思うから。
だからこの巻は本当は、最終巻に含まれるか最終巻の番号を振られて刊行されるべきだと僕はちょっと思った。

構成は大地の四神とフリアグネが出てくる新作、エピローグに当たる2作。映画の時に書かれたもの(電撃の映画の文庫に収録されていた)の再録、そして毎度のフリアグネ。
つか、作者どんだけフリアグネ好きなんだよ。
シャナは結局フリアグネで始まってフリアグネで終わったよ。

結局、事件の起こした爪痕は大きく影響を残していて、それを記憶している人、してない人、双方に何らかの影響を残している。
でも、それは収束に向かいつつあると言うのが現世側の状況。悠二の思いが坂井夫妻に届いたのが少し嬉しかった。逆に、シャナと悠二が彼らの仲間達の中にいないのはやはり寂しい。
そして、新世界に渡った方は前途多難だなという感じですが、ラブラブしてたのと、割と上手くやってるようだったのが安心しました。
先にも書きましたが、ココまで書いて終わるのが普通しょう。

四神の話は南北アメリカ戦争に絡んだ話で、フレイムヘイズ側が悪役になってる話で面白かった。でも、四神の話とフリアグネの話を絡めなくても良かったのになとおも思わないでもない。
なんか無駄に話が長くなる「癖」みたいなのを感じた。
この癖は高橋さんだけじゃなくて「電撃文庫」の癖なんですけどね。
実際、本棚眺めてみると電撃文庫厚いんですよね…。他のと比べると。内容的な容量はあまり変わらないし、文字の大きさも変わらないので、無駄に長いと言う印象をどうしても持っちゃう。
僕が読んでる(読んでた)中で最たるものがこのシャナ。次点は禁書目録かな。もう少し、無駄な文章省けば良いのにと思わなくも無いです。

難にせよ。
10年だそうです。シャナが始まってこの巻がでるまで。
10年。僕はこの作品を読み続けたんだなとちょっと時間が後書きに書かれていたので感慨に耽ってしまいました。

 

梅咲いてますね。

2013022401-梅の花くぅちゃんのお散歩中に撮影した梅の木です。梅…。咲いてますね。

梅ってまだ寒い時期に咲くんですけれど、これが咲いてくれるとあと少しだと言う気にさせてくれます。
暖かくなる春まであと少し。
春になると今年も1/4が過ぎたとかそう言う気にもさせて貰えちゃったりもするんですけれど、それでも寒くて全てが閉じ込められている気がする冬よりは春がとても待ち遠しい。
もう少し、本当にあともう少し。

でも、今日めっちゃさむかったー!(笑)

 

ネット販売やダウンロード販売じゃなく小売も必要だよね

母に頼まれて演歌のCDを注文したんだけど、出荷準備に偉い時間がかかってなかなか届かない。
僕が旧譜CD頼んだ時の倍くらい出荷準備にかっかた感じで、本来ならもう届いても良さそうなのにまだ届いていません。
明日ととどくか、へたしたら明後日な感じ。
こんなんだったら、僕が今日、鍼治療にいったついでに横浜で買ってくれば良かった感じ。

なんでこんなに時間掛かってるんだろうと不思議に思ったんだけど、思い当たるのはもしかしてamazonの利用層があまり買わないものだったか?と言う想像だけ。
amazonって棚まで人が取りに行って箱詰めしてるっていうシステムらしいから、もしかしたらあんまり行かない棚の所だったのかしらとか思ったりしなくも無い。
amazonの利用層ってやっぱりパソコンを使いこなせる層だよね。
そうなると演歌ってのはamazonではあまり売れない部類のジャンルになるのかなぁと推測したりするわけです。

ダウンロード販売とかamazonとか幅を利かせてきてるけど、そう言うの使えない人ってのは居る訳で。
僕がいなかったら家の親なんてCD聞くのも一苦労どころか、ケース空けるのも一苦労な人なのです。
そう言う人でもCD欲しいと思うことはあるわけで、普通だったら小売店での購入になるから、小売店はやっぱり必要だよね。
最近、小さい規模のCD屋って完璧に駆逐されちゃった感じだけれども。

アニメとかだとまぁ、利用者がパソコン使えないってのは少ないだろうから、ネットオンリーとかでもいいんだろうけど。
演歌とかやっぱり小売店ひつようだよなぁ。
つか、テープとかもまだ需要ありそうだよ。正直な話。

 

大きな感情の波

昨日は師匠の葬儀でした。参加しました。
最後の別れになるわけです。自然と涙が流れて耐えられませんでした。
平静と悲しみの大きな波が交互に押し寄せてきては、精神が揺さぶらされた感じです。

そして今日は大層な目眩が朝から…。
会社お休みしました。
ちょっと、だめ、文字を見るどころかテレビ画面はダメだし。
ぐらんぐらん。

昨日の夜は平気だったんだけど、感情が揺さぶられると言う事が体に与える影響ってのが少なくないのが良くわかりました。
まぁ、分かってはいたのですけれど、油断していたというかそれどころでは無かったというか。
今はだいぶおちついて、テレビ画面を見ていても大丈夫な位には復活できてます。
少し、まだふらつき感はあるんですけど。

人間は感情の生き物なんだと言うことですかね…。
まだ、完全に落ち着くのは先のことだとは思いますけれど、少しずつ安定を取り戻していきたいと思います。
何時までも師匠のせいにはしてられませんしね。
元々の持病みたいなもんだし。この鬱症状。

 

珈琲と納豆

珈琲は好きではないので好んで飲むことは無いのですが、お昼の定食についてきたりした場合や振る舞われた場合は飲むことがあります。
ま、今日、そういう機会があったわけですよ。

珈琲嫌いとはいえ、砂糖やミルクが入るともっと好みでは無くなるので飲むときはブラック。今日もブラックで飲んでました。
そして、たまに思うことなんですが、今回、それを思い出しました。
珈琲と納豆は似ている。

おなじく豆を原料とするものですから違う種類の豆とはいえ、似たような匂いがしてもあながち間違いじゃないとは思うんですけど、どうしても珈琲と納豆は結び付き辛いはずなのに、似てると感じる事が多い組み合わせだと思います。

何というか珈琲の「味」が納豆の「匂い」に似てると思うんですよね。
納豆は好きだけど珈琲は嫌いな僕がそう感じるのがとても不思議です。

でも似てると思いません?
珈琲と納豆。
というわけで、コーヒーブレイクの代わりに納豆食っても良いはずだ!(笑)

 

ゆとりチョイス?

今朝、会社に行く前にコンビニでお昼ご飯を購入しました。
いつも通りというか、毎度のメニューなんですが、大きめのサラダとのり巻き、そしてカップの低カロリーヌードルです。
今回の低カロリーヌードルはフォーをチョイスしました。
いつもはトム・ヤン・クンなんですが、ガーというのが出てたので其れにしてみましたが、味は微妙でした。
まぁ、味の方はほって置いて。

いつも、この組み合わせで購入するとですね。食べる為の食器付けてくれるわけです。要はお箸ですね。
たまに、スープヌードルとかスープパスタを選ぶとスープだなと言う事でスプーンが付くこともあります。
スープパスタはかき混ぜるのに結構どろっとしたスープなのでスプーンはありがたいです。

さて、今日は学生さんっぽい人(多分学校行ってない子なんだろうな…)の早朝バイトの方のレジに当たりました。
別のことを考えていたので、あまり気にしていなかったのですが、取りあえず食器を入れてくれるのは見えていたので、箸くださいとかそういう台詞は無しにスルーしたのです。
そしてお昼。
ちょっと愕然としました。
入っていた食器がフォークとスプーンだったんです。

僕がこの組み合わせで昼食を取るようになってから初めての組み合わせです。
フォークとスプーン。
考えようによっては間違ってないんですけれど、違和感はばっちりでした。ゆとりチョイスなのかしら?と言う感じ。
何故箸は入っていないの?数秒間呆然としてしまいました。
スプーンでサラダは食べないでしょうから、フォーがスープとして認識されてスプーンでしょう。
ではフォークはサラダと言う事になります。
コンビにでサラダだけ買ってもフォークを付けられた事はありません。いままで一度も。
コンビで渡されるフォークはプラスチックの柔いもので、正直あまり硬い野菜などを食べるには向いてないんですよね。
サラダはフォーク。サラダはフォーク。確かにそうです。
でも、それはレストランとかであってさ、家庭とかそういうのでは箸で食べるだろうと言うのが僕の考えです。
コンビにで箸じゃないモノが渡されるのって、スープかパスタだけだと思ってました。
物凄く違和感があってびっくりした。

しかし、正直食べにくかったです。フォークでサラダ。そして余ったスプーン。(笑)

 

blog

実は12月から毎日書いてたのはすこし願掛け的なところがあったんだよね。

ひとつ前のentryの事、師匠と慕う人の病気が少しでも軽い事を祈っていた。そんな願掛け。でも残念だけど師匠はもう居ない。

でも、僕にはこれから先にも歩いていかないといけない道があります。
できる限り、悪足掻きは続けます。
いずれ、あと一月二月たてばその悲しみも落ち着いてそしてネタがなくて更新できないってなるでしょう。

でも今はまだ続けようと思います。
ここから先は自分の歩く力にするために。

 

亡き人を思う

今朝会社に訃報が届いた。
病気で休職されていた上司が亡くなったとの報だった。

膵臓ガンだったので年末に最後に顔を合わせてからこのまま会えずにお別れになってしまうかもと言う不安は無くは無かった。まさか本当にそうなってしまうとは悲しく辛い。
自宅療養だったこともあり、お見舞いは遠慮した。タイミングが掴めなくてお見舞いのメールも送らず終いだった。今週末にでも送ろうと思っていたのに、早すぎですよ。

まだ、若い人だ。僕と3つしか違わない。その人を襲った不運。不運としか言いようがない。

僕はその上司を師匠とよんで慕っていた。まだ心の整理はついてないです。師匠のやっていた諸々はとりあえず、僕がなんとかやってみます。師匠ほどうまくはこなせないでしょうけど。

とりあえず。
今までありがとうございましたと言いたい。そして、ゆっくり休んでください。

ご冥福をお祈りいたします。

 

新しいWALKMANが欲しいけど。

今使ってるのがそろそろ容量まんぱんであることと、バッテリーの持ちが悪くなってきたのでそろそろ買い換えかと思ってるのですが、最新のSONYのカタログを見て何となく釈然としない。

WALKMANの中で一番売れているのはSシリーズだと思っています。
お店で売場が一番広く展開されていますし大きさや値段がこなれていて使いやすさを感じる機種だからです。
最近ではAndroid搭載してるとか、大画面を売りにするケースがありますが、WALKMANはあくまで音楽プレーヤーであって動画をみる機械ではないと思っているし、お店の販売傾向を見てもそれは間違ってないと思うんですけど…。

mora楽曲のエンコード仕様が変更になってから1曲あたりの容量が大きくなってるのに、Sシリーズから32GBのラインナップが消えたのが納得行かないのです。
もちろん、店舗にはまだ流通在庫ってのがありますから前の機種を買えばいいのですけれどそれはそれで釈然としない。

なんか何が何でもAndroid搭載機を推すぞと言うのが見え見えでなんとなくイヤです。
音楽プレーヤーにゲーム機能なんていらないし。そもそも、機能まとめるなら携帯電話=スマホで全部すませるよ。
わざわざ単機能の機械を買う意味というのを考えて欲しいな。

なんとなく、買う人が喜ぶ仕様ではなく、売りやすい仕様になってるのはユーザーとしてなっとく行かないものがあるなぁと感じているわけです。
moraでダウンロードした資産とかもあるので次もSONY決定ではあるんですけどね…。

うーん。

 

僕の学校の暗殺部2 たぶん個人的な事情

僕の学校の暗殺部2 たぶん個人的な事情

深見真:著
ふゆの春秋:イラスト
ファミ通文庫


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作者さんが続きをやりたいということを後書きで書いていたけれど、ヒロインがまさか死亡という状態でどうするんだろうと思って居たけれど、無事出版されました。
時系列的には1巻のすぐ後くらいで零士くんは普通に行動できるくらいには立ち直ってるけど、裕佳梨の影からは脱却できてない。というかよもすれば死んじゃったとしても裕佳梨さんに会えるかもなーとか考えちゃう状態で、ヒロインらしき2名登場。という話。

ストーリーというかこの作品的にはエロティックとバイオレンスと哲学と精神医学をエンタメとして料理しましたという作品なので、あまりテーマ的に語れるところがある作品では無いけれど、集団における孤立と集合というのはこの話の中で、根底にあるテーマなのかなとも感じた。
内容的には1巻で零士が裕佳梨を失った後の話を、詩舞という新ヒロインの状況で客観的に零士が見てどう思うかが重要だと思うんだけど、まだ零士くんそこまで回復出来てなかった。努めて事務的な反応で対応してたのが、深見さんのうまさかなと思う。

しかし、映画、小説に限らない大量の本、心理学などの知識、作者の深見さんは普段何やってるんだろう?
ものすごく造形が深い部分のジャンルが広い。
これだけのものにふれていながら執筆するのってすごいなと思える。よく時間があるなと。しかも深見さん、筆早いよな。引用された本とか全部読んでるとしたらそれだけでも尊敬する。

バイオレンスと心の問題のストーリー展開はとても僕の趣味に合っていて楽しめた。
でも、これがラノベで出版されてるのはよろしくないと思う。18禁マーク張りたくなる。(笑)

 

HDDレコで全角を入力したいの

僕のHDDレコーダーはPanasonicのDIGAなんですが、番組名入力やディスク名入力する際に全角の英数字が入りません。
普通にやってたらね。

でもさ、半角で入力したら全体のバランスが悪いとかありますよね。
日本語とアルファベットの混在したタイトルとかありますからね。
それで、全角で入力出来ないのかなぁって調べてみたら、やっぱりみんな同じ事を考えてるみたいで、いろいろ引っ掛かった。

実際のところ、パソコンに繋いでしまえば番組名は全角で入力されるし、テレビ局側から提供されているタイトルなんかは全角が使われて居るので、使えないはずはないとは思ってました。
でも、普通に使う分には入力出来ない。
なんでこんな仕様なんだろうとは思うですが、入力出来る方法は見つけました。
目的のディスク入力に使えるかどうかはまだ未知数なんだけれど、ある文字を先に入力しておくと保存した時に全角になると言うのがありました。
まぁようはコード扱いされてそうなるんだなと言うのは分かるんですけれど…。微妙。

全角/半角が初めから切り替えられれば良いのになぁ…。
初期のHDDレコからずっと変わらないんだよなぁ…。この半角しか英数字が入らないのは…。
「ぁぃぅぇぉヴ」が入らなかったのは改善されたのになぁ。

 

渋谷駅の工事

この間は壁で覆われていて全く見えなかった営団地下鉄渋谷駅9番出口の分岐部分。壁が取り払われてカバーがあるもののエスカレーターらしき構造物がみえてました。あと半月位あるんだけど何となくもう、外形はできてそうな雰囲気。

着々と変化が姿を見せてきてますね。

 

アクセル・ワールド13 -水際の号火-

アクセル・ワールド13 -水際の号火-

川原礫:著
HIMA:イラスト
電撃文庫


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なかなかにイベントが先に進まない話なのは知っていましたが、さらに先に進まない要素が出てきたぞ?と言う感じの巻。内容的には次へのステップであって純粋に流れの中の、1エピソードであって、何かが始まりましたと言う所で終わり。
何となく、この感覚の読後感をもって終わるのがこれで3巻目なんだが。
サーベラスが出てきた、レッドライダーのカードの謎、そしてこの巻。
流石にエピソードに要素を重ね過ぎな気がしないでもない。
でも面白いので許せる気がする。
でもこのままだと元々の問題が難だったのか忘れちゃいそう。

リアルと加速世界内の時間の流れが違うのは仕方ない事だけれど、加速世界の時間の流れだといっぱいエピソードをこなせるってことになるのにどうしても慣れられない。
ハルユキ達は、加速世界で活躍しているけど、実際の生活はリアル世界であるし、加速世界には依存していないから、節度をもって加速している。リアルで1週間後とかなる、加速世界の時間の長さとなるともの凄い長さになるわけで、リアルと加速世界での時間のギャップがあるのは理解しているつもりだけど、どうしても忘れてしまう。
確かに、リアルの時間は数日でも中では1000倍で動いている訳で色んな陰謀をやりたいならやり放題だよね。その一端が今回顔を出していると言う感じ。

本気で対応するつもりで、もしこれがリスクやデメリットが無い世界であるならば、ハルユキ達はログアウトせずにずっと、加速したままで問題に対応するだろうね。
そうしないとISSキットの広がりを留めることが出来ないんだよね。
加速研究会の方はリアルの時間を犠牲にして陰謀をやっているから、リアルを犠牲にしないハルユキ達は常に後手後手。
今回もそうなちゃってます。
何となく、今回も上手くやってのけるんでしょう?って言う感じではあるんですけれど、アクセル・ワールドに究極の悲劇が似合わないと言うのもあるのですが、次の巻にはアクア・カレントを救出してメタトロンを攻略しちゃうんだよねと思ってる。
でも、流石に2エピソードに決着付けるのは尺が足りなさそうだからメタトロン攻略の決着は15巻かなと想像してる。
となると今年中には何とかメタトロン攻略が終わる算段ですかね。

加速研究会をどうにかすると言うのが最終的なラストでは無いと思うんですよね。
10レベルって言うこだわりは毎巻のように語られるので最終的には、そこにたどり着く術を探すと言うのがその後の展開なのかなと推測しています。
なぜなら、黒雪姫とニコはすでに友人ですし、9レベルの相手を一定数倒す必要があるというのがあるので、そう言う意味で10レベルへの道というのは、今の所、先が見えない。友人の犠牲が無いとダメというのがそこにあるから。
もしかしたら加速研究会に規定数の9レベルがいて、それで解決しちゃうのかなぁ?

長く続けられる要素がまだあるっちゃあるのだけれど、先が展開のバリエーションが減ってる気がしないでもないなぁ。と言うのがこのところのアクセル・ワールドで、そのバリエーションを確保するために色々してますのがここのところの展開なんですかね?

 

人が減る

ここのところ。僕の周りから人が減るのが続いてる。死別と言うわけではないけど個人的なアドレスを知ってるわけでは無い人。まあ、ビジネスの相手。

僕のお仕事は小さなソフトハウスのSEなので、ビジネス相手というのは取引会社の人員であって、その人が居なくなったとしても何が変わるわけではない。仕事が無くなるわけでもなければ、仕事のやりとりが変わる訳じゃない。
ただ、その人に会う機会が無くなるだけだ。

すこし寂しい。
すこし?
かなりかもしない。プログラムの事や仕様面であーでもないこーでもないと角つきあわせた人たちだ。寂しくないはずがない。

でもここで凹んでても仕方ないし。
彼らのこれからが幸多きことを願いつつ、偶然なにかで再会できることを願おう。そのときは仕事では話せなかったことがきっと話せるだろうからね。

また、会えるといいですね。

 

新約 とある魔術の禁書目録

新約 とある魔術の禁書目録6

鎌池和馬:著
はいむらきよたか:イラスト
電撃文庫


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フロイライン・クロイトゥーネを巡るストーリーに決着。
でも、やはり旧約時代のようひとつの話が終わったからと言って、話に片が付いて納得のいく結末かというとそうではない。
いらいろな積み残しがあって、逆にもやもや感が残る。それが新約であるとされれば納得するしかないのだけれど。旧約に比べて話、事件が中核に迫っていく話であり、1話完結の学園都市と魔術側のごたごたに巻き込まれた上条がトラブルをはねのけるという図式にはならなくなったのは大きい。そのせいで盛り込まれている各エピソードが余剰なのか不足なのか分からない(多くは余剰に見える)のが嫌な感じだった。
面白いのは面白いのだけれど。

フロイライン・クロイトゥーネを巡ってあちこちで戦闘が起こっていて、その戦闘描写だけで厚めの1冊がまるまる終わったと言う読後感はちょっと頂けないかな?
元々、バトルバトルってのは禁書目録では良くあることだけど、息抜きも今回はそれほど無くて、ガチで戦ってる描写ばかりだった印象があります。それで話しがちゃんと進んでるんだからすごいとは思う。

今回、上条ちゃんは直接フロイライン・クロイトゥーネを追って行動してたけど、美琴や一方通行、浜面たちはクロイトゥーネの事情は全く知らない状態で、最終信号のせいで巻き込まれた一方通行はともかくとして、あいつが戦ってるからと参戦して、しかも聖人とためはって戦う美琴とか格好良かった。垣根提督の制御を振り切って行動するカブトムシ05とかも。
新約に入ってから脇役がいちいち格好いいんだよな。今回のカブトムシ05なんかみたいな普通ならさらっと消えていくキャラが、熱い行動かますのはなんか新約1巻でバイク貸してくれたおっさん達みたいな熱いキャラになってて楽しかった。

上条ちゃんの言う「俺達」ってのがすごく良い感じで熱かった。別段、何か理由があるわけじゃないけれど、困った人が居れば手を伸ばしてあげられる人達。善性の基本の所を上条ちゃんは行くと宣言しているだけなのに、なぜにあんなに格好いいのか。そして、その善性の基本にすがるだけで何度も立ち上がれるのか。彼、根性ありすぎだろう。
かといってバードウェイが間違っているのかと言えばそうでもない。よくある正義の味方論でより多くの人を救う為に少数を犠牲にすると言う覚悟を持ってやっているのだから、正義の味方としてはバードウェイも正しいのだ。その為に背負う罪も彼女はちゃんと分かってそうだし。
結局のところ、グレムリンは悪役として純然として居たけれど、グレムリン自身は脇である美琴やトールが押さえてしまったので、上条ちゃんとバードウェイの対決がメインで有ることは確かだと思う。平凡な人の純心な善性対正義の味方な構図はちょっと、悲しかった。この構図で正義の味方が勝つことはないんだよね。犠牲者を出すこと前提だから。平凡な善性の場合は結果力及ばないことが有ってもと言うのがあるから、その辺の考え的には正義の味方な方は分が悪いよね。
バードウェイが正義の味方であると決まったわけでも無いけれど、今の所はそう行動している。彼女が今後どういう風になっていくのかが興味有る。彼女自身、悪役には見えないキャラなので。

この巻で一番残念なのは文化祭の描写がほぼ0だった事だと思う。
サンドリヨンの肉体のあまりなんかじゃなくて七色焼きそばを魔術で脳に偽装して、ちょっとした情報を与えるでもよかったんじゃね?とか思わなくも無い。
もっと、駆け足じゃなくていいいから文化祭描写欲しかったな。体育祭の時はかなり描写されてたのに。

 

不便になっていく渋谷駅田園都市線出口

2013021103-出口2013021104-新出口上の写真は渋谷駅田園都市線の9番出口です。下の写真は上の写真の奥に映っている建造中の新9番出口の正面アングル。

新9番出口は宮益坂から続く道の直ぐわきに設置されています。
中ではちょうど10番出口と合流する所、昔は定期売り場とかあったスペースに繋がるかたちになっているそうです。
この位置にしたのは駅舎の工事の都合意外に思いつかないですね。
東急東横店の地上部分の立て直し、銀座線ホームの移動、埼京線ホームの移動とこの辺の位置は工事が立て続けにあるので、移動は仕方ないと思うのですが、これは改悪な感じ。
今の9番出口は東横店のビル内へ直ぐ入れるので、雨にそんなにうたれることとか無かったのですが、新しい位置には屋根が無いので、JR改札へ移動するまでに傘をきちんと指さないと行けない感じ。しかも遠くなってるし。
出口としては良いのかもしれないけれど、連絡口としてはマイナスな感じです。
外に出ないで地下を通ってJR側へ移動する事はできるんですが、混んでるからいやだという人も居るでしょうし、どうなんだろう。
新しくなった9番出口(そして14番出口)も何となく改悪な気がするんだよね…。
どちらも、工事の邪魔だから移動したんだろうけど、新しくするなら便利にして欲しいな…。

9番出口は位置が、14番出口は大きさが不満ですっ!
何とかして下さい!しかも14番出口はJR側からヒカリエ直結の重要出口なはずなのになんであんなに狭いのよ!

 

東横線渋谷駅

2013021101-渋谷改札中2013021102-渋谷ホーム来月中くらいから、副都心線との相互直通運転が始まるので、東横線ホームは地下ホーム、現在は副都心線だけが使っているホームにお引っ越しになります。僕が物心ついてから、渋谷駅というのはこの渋谷駅。改札は自動改札になったり、改札内にドトールが出来たり細々とした変化はありました。古いホームですので補修が何度も入り、今の形になった渋谷駅のホーム。

その渋谷駅のホームとも、この10年毎日会社への行き帰りで利用したこのホームとも後、一月でのお別れです。
正直寂しいと言う気持ちが強い。
渋谷駅はドンドン変化して行っていて、便利になっていくのかも知れない。
でも、懐かしむ気持ちを忘れたくないし、自分がそこに立って居たと言う記憶も失いたくない。

今は寂しい。
あと一月と少し。寂しさをかみしめて、このホームを利用したいと思います。

 

ゲロで汚れた電車のシート

今朝、休日出勤だったんですが出勤中の電車の中。
日曜の朝ですので十分すわれるので座ったんですが、正面の席に座ってるお兄さんが2人分の席を占有してグダグダになって寝てたんですけどね。
んで寝ゲロしてるわけですよ。擬音的にはエレエレエレ…って感じでちょっと揺れると零れる訳ですよ。ゲロが口から。落ちる先は座席の上。
まぁ、すんごく臭いとかそう言う訳じゃなくてお酒?が戻ってるだけなイメージのものでした。
終点までそのままだったので、降りた時に駅員にあのニーちゃんがゲロってるんだけど、座席汚しちゃってますって報告したらまぁ、「ありがとうございます」って礼を言われたのですが。まぁ、礼を貰う為に言ったわけじゃないんだけどね。
気分は良かった感じです。ゲロみて悪くなった気分が復活するくらいには。

実は電車の中で汚物がはき出されるのを見るのはこれが初めてはありません。
上からも下からも何度も見た事があります。
そして、座席のシートを汚すシーンも見た事は何度もあるんですよ。でも座席のシートを清掃しているシーンは見た事がありません。
床面を臨時清掃するシーンは何度か見た事があるのですが、その手際の良さとその清掃後の綺麗さにびっくりするほどでした。
そして、清掃シーンを見た事が無いシート。
これどうやって清掃してるんだろう。あんまり目立つシミの付いたシートって無いですよね。しかも、朝とか夜とか割とゲロってる人は居そうです。
ゲロはシミになるはずなのに、なんでシミになってるのを見ないんだろう?

汚れているのを見た事が無いと言う事は、汚れた即清掃というプロセスを取ってるんだろうけど東横線みたいな路線はいちいち、車両を基地に戻すってことも出来ないでしょうし、たぶんそのまま走らせてる。
でも汚れているのは見た事が無い。
どうやって清掃してるんだろう?
もしかしてシートを交換してるのかしら?

 

最近曲は

最近の曲は「頑張ろう」とか「絆」をテーマにした曲が多いと思う。
それはあの大震災があったから、その影響なんだろうというのは分かる。
普段は恋愛ソングが多いのだろうけれど、ここ最近はそういったテーマを持った曲の方が流行りやすい状況になってしまったということだろうね。
別段、震災復興ソングではないのでしょうが、頑張ろうとか人と人の絆を歌った曲がとても多い気がします。

アニソンには元々そういったテーマの曲が多いので、聞いていて違和感は無いのだけれど、たまに、アニソンなのかそうじゃないのか分からなくなったりする。
まぁ、勿論、最近はアニソン歌手以外の曲がアニメに起用される事が多いのですが…。

こういったテーマは恋愛ソングより普遍的なイメージがあります。
人が生きていく上で、恋愛も必要だけれどその1つ上での繋がりを描いているからかも知れませんが。
自然にそうなったのではなく、震災の影響が未だに出てるだけだというのが、少し悲しい事ですが、そういった歌が人を癒やしていくのならそれは良い事だよね。

 

会社で使ってるキーボード

これは会社で使ってるキーボード。会社から支給されたものではなく自前のものを使って居ます。
デルのキーボードがなんとなく気にくわなかったので。

見事にNキーとKキーが剥がれて読めなくなってます。
そろそろ替え時なんだろうなと思いつつ、安いわりに使い易いこのキーボードをそのまま使って居ます。
普段ブラインドタッチしてるから、キーの刻印なんて無くてもこの程度なら問題ないし。
しかしこれで分かるのは僕のブラインドタッチのホームポジションがずれていると言う事。
左はちゃんとFキーの上に置くんですけれど、右は本来のホームポジションキーであるJではなくNの上に人差し指を置いているんですよね。だからNがすり切れる。
あと、まぁ、Nは仕事がらか使用頻度が高いキーなのでと言うのもあるんですが。

ホームポジションがずれててブラインドタッチ出来るの?と聞かれたら、出来ますと答えるしかないですね。
ぶっちゃけ、FとJがホームポジションだって言うあれ、そもそも誰が決めたんだろう…。
どのキーボードにもFとJはなにか特殊な加工してあるけれど、本当にブラインドタッチが出来ている人には実はそんな加工いらないんじゃ無いかなな?なんて思ったりする。
だって、目の見えない天才ピアニストが使ってるピアノだって普通のピアノでどこかの鍵にマーキングしてあるわけじゃないでしょ?

しかしまぁ、新しいキーボードがそろそろ欲しいところですな…。

 

いささか悪あがきをしている

ほとんどそんな奇特な人は居ないかと思いますが…。
僕のこのblogを定期的に見てらっしゃる人がいたら12月からこっち、毎日ちゃんとなんかしらの更新をしているのが分かるかと思う。
まぁ、普通にカレンダー表示をみれば、記事の有るところは色が変わっているわけで、全部ちゃんと埋まっているのは一目瞭然なんですが。

きっかけはちょっと精神的にダメージを受けた事。
現在は安定剤と抗不安剤のお世話になっている最中という状態。常に鬱状態にあるのは脱してお薬はやめれてたんですけれど、一昨年の地震の時と今回、ちょっと精神の針が振り切れてしまい、再投薬になってる次第です。
そんな状況なんですが、お薬の影響もあってか勢い任せにダカダカと文章を書いてはblogへアップすると言う事が出来ているせいで、毎日何かしらの記事をアップしています。

さて、だいぶん精神も落ち着いてきた今、そして仕事のシメキリでテンパッている今!、無理に続ける必要があるのか?
そんな疑問も心の奥底でわきつつも悪あがきをしてみています。
「これ」は悪あがきだったりします。(笑)
ぶっちゃけ、もうネタが無い。読書感想は本読み終えないと書けないし、音楽レビューはまぁ、ちょっとあきらめモードだったりするのです。だって音楽レビュー難しいし。
でもさ、悪あがきだったりしてもさ、やることになんらかの意味は有ると思うんだよね。
文章を書くと言う行動をしている訳で、少なくとも頭を使って何かをなしているのは間違い無い訳ですよ。
それが僕の糧にならないわけが無いのです。
例え、見返りが全く見えなくても、無いように見えても、何かしらこれをする事で僕の中には「意味」が生まれるんじゃ無いかと。
そんな風に思って悪あがきは今後も続けていくのです。

 

下ばかり見ている様な気がする。

最近、ちょっと嫌な事が多くて下ばかり見ている気がする。
歩いている時とか下をみて歩いてる。
下をみて歩いたからといって何が好転するわけでもないし、逆に気が滅入ってくるだけだと感じた。
少し、胸を張って物事に立ち向かうような姿勢でもって歩くようにしないとと感じる。

今朝、そう思って実際にやってみたんだけど、寒さが増したけれど、すこしだけ気分が良くなった気がした。
ほんの少しだけの気分の問題かも知れないけれど、前を向いている感というのをすがすがしい気持ちになれた気がする。

実際にはものすごく些細でたいしたこと無い事であっても、ほんのちょっとの変化で変わるってのは有るかと思う。
ストレスに強い人ってのは、そういう「ちょっとしたこと」を見つけるのが物凄く上手い人なんじゃないかと思ってしまう。
僕みたいに気弱で後ろ向きな感じの人から見ると、周りの人がみんな前を向いて歩いているのが眩しく感じられる。実際には皆、僕と多少の差はあれ悩みなどもあろうし、気が滅入っている人だっているだろうに。
周りの人がみんながみんな、僕より前を向いている気がしてならない。

負けたくないので、虚勢でもいいから前を向いてみようと思った。

 

Twitterの信憑性と日本の性善性。

Twitterで今週中にこないだの雪の数倍、雪が降る可能性があるという予報が流れてた。時間がなかったので読み流したのだが気になる記事ではあった。
こないだの雪は休みに引っかかってたから良かったものの、今週中だともろ平日だ。少しの雪で交通が麻痺する首都圏はさぞパニックだろう。

ここで気になるのは情報の信憑性。Twitterが嘘記事ばかりだというわけではないけれど、情報の真偽の確認は必要なメディアだと思っている。僕がみたその雪のツイートは、普通のユーザーさんのアカウントが発したものだ。こう言うのは裏をとる必要がある。もちろん、ニュースなどの公式アカウントのツイートはそのまま信憑性の高い記事なのであるが、普段のタイムラインの記事は玉石混交も甚だしいのは確かなんだよね。みんなネタツイートするし。そのネタツイートが面白いというのもTwitterの魅力なので否定する気はない。
ただ、Twitterを情報ツールとして使うならば、やはり使い方=フォローするアカウントの選別は必要だと思うんだよね。

少なくともリスト化して信憑性のあるニュースアカウントと、普通の友達アカウントは区別すべきだ。
スピードが早いからついつい普通のネタツイートをマジものだと勘違いしちゃうこともあって中々に難しいことだよなとは思う。

面白いのは災害時だ。
何よりも早く、しかも信憑性の高いツイートで溢れかえる。
わざわざ確証を取る必要もなくリアルな情報が手に入る。これは日本だからなのかな?
どこの国でもそうであってほしい。

何を言いたかったかごちゃごちゃしてまとめられなくなってきた。
ここいらで、まとめよう。
Twitterのツイートは情報ソースとしては別途裏付けは必要。
でも災害時は大半は信じて良い。日本なら。日本て良い国だなぁ。やっぱり日本は善意の国だよね。
雪の記事の裏をとらないとなと思いつつそんなことを考えて、結局、雪のことを調べられてないのはどういう事だろうね。(笑)

 

機動戦士Zガンダム外伝 ADVANCE OF Z 刻に抗いし者 エゥーゴの蒼翼④

機動戦士Zガンダム外伝 ADVANCE OF Z
刻に抗いし者 エゥーゴの蒼翼④


神野淳一:著
矢立肇・富野由悠季:原案
中島利洋・KOMA:イラスト
電撃ホビーブックス

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宇宙編第4巻。最終巻。
最終決戦です。エゥーゴのメールシュトローム作戦を経て、ティターンズは敗走する事になるのですが、それはアーネストの所属するエレトリアも変わらず、あのバーダー大尉の隊も変わらない状況。
そんな中でのそれぞれの決着が描かれて行きます。

それぞれの終末が悲劇であったか、幸福であったかはそれぞれちがうのだけれど、追い込まれた軍の上層部ってのはそんなに酷いのかなと思ったり。僕は歴史は詳しくないのでよく分からないけど自分たちの支持基盤を攻撃しちゃうような暴挙もあり得るのかなと思いながら読んでました。
組織を立て直すにしろ、逃げ出すにしろ、コレをしたらどちらにせよ未来は無いというのが分かりそうな選択ってあると思うのですが、どうもガンダムの敗軍の将(雑魚クラス)はその辺が分かってないのか、自分もーだめだから巻き込めるだけ巻き込むぞーなのか恐ろしい思考に走る傾向が高い感じですね。
今回のは今までのガンダムの中でももっとも思想もなく大量虐殺をしようとした例になったんではなかろーかと思います。

上の方の人のキチガイっぷりにびっくりしつつ思ったのは軍人のアイデンティティってどこまで有効なの?という疑問でした。アーネストの場合はロスヴァイセをもう一度ケストレルに接触させたいと言う思惑があるので、常識ハズレな命令に従う意味もあるでしょう。それによって命を落とすのは覚悟の上だったわけですし、命令に従う気も本当はない。でも他のクルーは違うわけで、エレトリアがまだ航行出来るだけのクルーが残ったのが少し信じられませんでした。
ハリス曹長なんて残る理由、全くないよね…?

それにしてもガンダムというサイコミュ万能すぎるというか、今までのガンダムでもやったことなんだけども、ケストレルがやるとなんか、鼻につくというか、やりすぎ感を抱いてしまう。やっぱり機体の外にいる人の意志と感応してる、複数人の意識との感応と言う面がそう思わせるのかもしれない。

全体を通して見れば面白かったし、最後、ハッピーエンドで終わりつつも、犯してしまった罪の陰がそこに見えている点など、まとまりよくて優等生だなぁと感じてしまうスピンオフだった。本編を知ってる人がニヤリトできてかつ、本編には影響を与えず、単独のストーリーとして楽しめるのは優秀だと思います。
でも、なんかメカのビジュアルが宇宙編になったらピンとこなかったなぁ。あまり好きなデザインじゃなかった。ネモDだけは評価するけど。(笑)

 

ファンタジー世界における銃器

TRPGやラノベ、アニメなんかの世界設定。
特にファンタジーと分類される世界設定には多種多様の道具が出てくる。ファンタジーという分類の曖昧さにもよるんだけれど、ここでは狭義のファンタジー、所謂、剣と魔法のファンタジーに分類される作品の世界設定について語ってみたい。
魔法が無い世界の場合、その世界の文明はいつか我々の現実世界に似た科学文明を得ることに想像に難くない。逆に魔法が一般的な世界では科学的な発達はなくてその分は魔法が何らかの形で関与する事になると思う。これはおそらく間違ってはいないだろう。
で、TRPGやアニメなんかの主人公が手にする魔法ないし科学文明の産物といえば、武装がまず上げられると思う。
魔法ではそれがそのまま攻撃手段となるけど、科学文明には銃器というものが出てくる。

その銃器について。そして火薬について。
結論から言うと、ファンタジー世界に銃器が有るのは邪道と思うというか、僕は好きじゃ無い。だから、TRPGのキャラ選択で銃器を使うキャラクターを選ぶ事が無いです。

現実世界において銃器とは火薬で弾丸を飛ばして敵を殺傷する為の武器である。
この火薬で弾丸を飛ばすというのが話しの「ミソ」になる部分なのだが、果たして魔法がある状態の世界で火薬は発達するかどうかという所が疑問になってくるのだ。
多少の火薬=火薬の原料となり火を付けることで爆発をする物質はあるだろう。だが、それを混ぜ合わせて適度な威力に調整した上で、武器として使用出来るレベルまで発展するかというと疑問が残る。特に、魔法が一般的で割と誰にでも利用出来る世界設定で有ればあるほど、銃器よりも魔法を発達させるのでは無いだろうか?というより魔法がそこまで発達しているのだから、その世界では魔法を発達させることを選択した訳だ。そういった世界で銃器は存在するかというと気分的には存在しないのではないか?という感じに思える。
にもかかわらず、銃器という武器はその魅力から多くのファンタジー世界に存在し、TRPGでも割とごく一般的な武器として存在していたりするのがとても気になっている。
その疑問が僕のファンタジー世界に存在する銃器への違和感の種になり、ファンタジー世界に銃が存在する事への嫌悪感に繋がっている。

弾が特殊で魔法で撃ち出しているという設定はよく見かけるものだ。
多分、僕と同じ疑問を持った人が、ある種妥協の産物として生み出した設定だろう。うまく処理してあるものは魔法は発動に時間が掛かる為に、魔力を凝縮した弾を用意してそれを利用した武器であるというような解釈がなされている。もしくは魔法が一部、特殊な技能を持った人にしか使えないもので有り、それを一般化したものとして存在して居る。
そういった説明があるならまだ理解もするし、許容も出来るんですが。

ただ、安易に科学と魔術とが同居しているのは何となく納得がいかないという気分になります。これは僕の思いなので人それぞれ意見はあるとおもうのですが、その安易さの象徴がプレーヤーキャラクターとしてソンザイしている銃使いであり、銃器であると思うのです。
あるならあるでそれなりの納得できる理由を付けてほしいものですが、割とそういうのは残念ながら少ないように感じています。

なーんてことをここのところ考えてました。

 

RPF レッドドラゴンⅢ 第三夜 妖剣乱舞

RPF レッドドラゴンⅢ 第三夜 妖剣乱舞

三田誠:著
しまどりる:イラスト
星海社FICTIONS


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著名作家がプレーヤーとして参加しているTRPGリプレイ小説3巻目。
まさに虚淵がヤラカしましたというストーリーになってますけれど、これはパーティーの構成をみれば解っていたことのような気がしないでもないです。
予定調和ではなくマスターである三田さんの思惑よりはかなり早かったのだと思いますけれど、虚淵さん=婁の行動によって割とフラフラしていた忌ブキの行動指針が固まってエィハやスアローに影響を与えたのは確かだと思いました。

しかし、TRPGをマスター、プレーヤー両方で嗜む、自分から見て、三田さんはこの婁の行動をよく許したなと思います。この行動をとってしまうと婁パーティ行動が難しくなりますし、明らかにスアローと敵対する可能性が高い訳ですよ。
スアローはプレイヤーキャラクターの中では、婁をのぞき一番戦闘能力の高いキャラクターです。初めから分かっていた事ではあるけれど、この時点で明確な敵対行動を取るというのは虚淵さんはどんな気分だったんだろう。
そして、予定を散々っぱら切り崩された三田さんは。
普通はココまで予定から外されたらマスターは迷うと思います。どこまでシナリオに書いてない事でシナリオを進められるかは、そのマスターのテクニックや経験によりますが、婁の行動に動揺すること無く対応して、さらにその行動を許した三田さんは流石にすごいと言うところでしょうか?
ごく一般的なマスターだったら、婁に殺されたウルリーカというNPCの隙を減らす事をして婁がその行動に走れない様にするとか対策を取ると思います。それをせずに、あくまで虚淵さんが婁として選んだ行動をさせない様に誘導すると思います。それがプロとアマチュアの差なのかも。

でも婁の行動って逆を言えば、婁以外のパーティはくっつきやすくなり、そうなりました。良いきっかけにはなっています。
その結果として、この先はスアローがどう考えていくのかが興味がわきました。
言ってしまえば紅玉さんやしまどりるさんの忌ブキやエィハは分かり易いキャラクターです、成田さんの禍ラバのキャラクターは裏表ありそうですが、その前に商人やハイガという町の支配者であるという事から読めるキャラクターです。
ですが、スアローは奈須さんとあまりに違い、考え方が違う。文章が奈須さんとして喋ってる比率が高いので、スアローというキャラクターはまだ、読者にはあまり分からないキャラクターなんですよね。
感情豊かに振る舞っているけれど、それが怪しいキャラクターで利害関係を理詰めで考慮出来るキャラクターなはずなんですけれど。
奈須さんはスアローを今後どうやって演じていくんだろう。難しくなったと思うんですよね。スアローは忌ブキやエィハに肩入れしてしまいましたから。

書評は書いてない(あくまでCDのおまけだったので)ですが、一応、僕はキャラクターブックを読んでいるので、スアローの生い立ちとか知ってはいるんですけどね。それでも、まだ読めないです。

しかし、イメージCDでエィハ役として沢城みゆきさんを起用したり、黒竜役に中田譲治さんを起用してたり。
ドンだけセッションにお金かけてるんだろう。
豪勢なセッションだなぁ。

 

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Author:はがね
日記は思考が結構、鬱っぽいので鬱日記になること多し。
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チベタン・スパニエルという珍しい犬種の愛犬記事もありまする。

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