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とりあえず日々思ったことなんかをつらつらと。

 

Dropboxの使い方を模索

最近のアプリっていうかさ、ハードもだけどさ、アレがついてないじゃないじゃないですかアレ。「説明書」

説明書が欲しかったらダウンロードしてねとかそうなってる場合が多いのですけれど、これがまた英語だったりして読めませんっ!て事になることもあるんですよね。
今回、まぁ、そう言う事ではまったわけです。
Dropboxを使うことにしたのは良いのだけれど、1つ上手く行かないところが…。

スマートフォンで編集したはずのファイルがPC側で変わって無くてなんでだろーと。
お昼休みとか帰ってきてからとか色々ためしてみて、納得しました。
どうやらスマートフォン用のアプリではその場での編集はゆるしてなくて、他の場所へ移動して編集した上で戻すと更新されると言う仕様のようです。
なでこうなってるんだろう?

一応、PC同士での同時更新は避けろと言う説明があったので、その場合、後勝ちの更新がされちゃうと言う事になるんだと思うんですよね。それがスマホが足されるともう、しっちゃかめっちゃかになっちゃうから、そのバッティングを避ける為にそうしているのだと思うのだけれど、ちょっと不便かなと思ったりも。
もしくはスマートフォンではいろいろなアプリの利用するフォルダがアプリ毎にばらばらに設定されているから、1つのフォルダを指定できるPCとは違うやり方を採用したのかも知れません。

同じソフトを僕が付くったらどうつくったろうなぁ。
難しい所だよね。こういった、ファイルの同期ソフトってさ。仕事でもこういうのやってるとすごくいやになるもの。
ある意味、問題が起こりにくく、ぎりぎり使いにくくない所を模索したんだろうな。
がんばって作者さーん。

 

PCとスマホとタブレット

アプリ追加したり設定弄ったりして遊びたいのはNexus7たんなんですけど、結果的に今日はPCかスマホの方を調整してた時間のが長い気がします。

いままではPC-スマホ間だけを考えてた連携をすればよかったので多少不便でも安全性の高いモノやスマホがHTC DesireⅡというメモリに余裕が無い機種なので、容量優先で敬遠してたアプリとかもあったんですよ。
ところが今回ここにNexus7が入ることによって利便性と言う面を上げる必要が出てきて、互いにファイルを同期する酔うようなアプリ(ここのところ話題にしていたEvernoteもその1つですね)を導入したのと、そのためにスマホからいくつかアプリを削除しました。ようよう不足になるので。
まぁ、あと数ヶ月でスマホは機種変予定ですので、その時にはまた入れ直せると思います。

今回試してみたのはGoogleのドライブとDropBoxです。結果的にはスマホに対する容量的な負荷の問題からDropBoxにしてみました。
ほんの少しですけれど、Googleのドライブは使い勝手と性能が良い代わりに容量がでかい感じでした。
これらのクラウド系のストレージを提供するアプリってのは実は本体のストレージやメモリが貧弱なデバイスにこそ提供されるべきだと僕はおむんですけれど、わりとどれも「その先」って奴を見据えすぎていて、アプリケーションとしては大きいですね。
その辺がちょっと今回ネックになって色々運用面でまよいました。
まだ、はっきりとこう運用していこうと決めたわけではないんですが、とりあえず外形は思い描いた感じです。
これがどう変化していくかは、Nexus7次第と言う事になるんだと思うんですけれど、すごく楽しみです。
何をいれて、どう僕色に染めていこうかとか、そう言う面も含めて。
唯の壁紙一枚とってもデジタルデバイスを自分用にカスタマイズしていくのって楽しいですよね。

ROBOTICS;NOTESでみんなタブレット形式の端末持ってますけれど、皆それぞれカスタマイズされた感じになってます。あーゆーのはキャラ付けの1つではあるんですけれど、実際問題、ユーザーの数だけ、その人にとっかした端末がある。そう考えるとすごく楽しいですよね。

どーでもいいけど、Nexus7のマニュアル薄すぎ。
何かあればネット見ろって言う姿勢が前傾すぎるよ。(笑)
英語圏はそれでもいいけどさ、他の言語圏の人の事も少し考えようよ。(笑)

 

今日はあまり上手い日じゃなかった感

人間生きていれば、ベースが良い日もあれば悪い日も有る。
感覚が良い日もあれば、なんか釈然としないことだけで終わっちゃう日もある。

今日は「悪い」という感じではないんだけれど、釈然としないかんじでした。
Nexus7を家のWi-Fiに接続ししょうとして、家のWi-Fiにかけてあるセキュリティーを1つ忘れてて時間をくったとか、Nexusがタブレットである事でウィジェットやアプリの操作感の違いに戸惑ったり。
バッテリー喰うからっていって同期を切ってるの忘れててスマホから一切同期うけつけねー!とかいいながら数時間悩んだり。
別のこと始めればCSSのIDとClassを間違えてHTMLに記載して全然CSSの内容が表現されなくて苛ついて、気がついてみたらそんな単純な事だったとかね。

単純に巡り合わせが悪くて釈然としない感じがずっと有った日でした。
あ、Nexus7関係のことが多いですけれど、この機械自体に文句があるわけじゃ無いんですけどね。へーこうなるのかと新しい驚きの連続です。

でもこう、何となく釈然としないときってさ、そう言うおもしろがる余裕ってのも半減しちゃってて少し残念な気分ですよね。
しょぼーんて言うそんな印象。

 

自分へのごほーび

nexus7今回はいろんな事があったのに、僕はがんばりました。きっと。
とりあえず、精神的不安でぶっ倒れそうになりながらも仕事してたり、いっぱいブログ書いてみたり、プログラム作ってみたり勉強してみたり、想像してみたり、妄想してみたりがんばってみました。

まぁ、要するにちょっと早めですけれど、自分へのクリスマスプレゼントを買ってきました。
今流行のタブレット端末です。
実は前からほしかったんですよ。Let's Noteを破損してしまって以来、気軽に使うネット端末がなかったんですよ。それでタブレット端末には目を付けていたんですけど価格性能の折り合いが付かないモノが多く、その値段だすならパソコン買うよと言う感じ、でもパソコンよりは軽快なものが欲しいと思っていたのです。

スマートフォンが流行しだしたことで、タブレット端末にも光があたってきました。
そしてそこへ登場したぐーぐるさんの端末Nexus7。
ipadの方がシェアは高いんでしょうけれど、いくつかの欠点により(なによりもアップル嫌い)で避けていたところにお手軽なサイズのものがでて悩んでいましたが7インチというちょうど良いのが出たので買うことを決めました。
そしたら、今度は7インチの異論なのが出てきて価格競争してるのでどーよだったんですけれど、結果グーグル純正に勝るものが無いなということでこれにしました。
容量は僕の利用の仕方だとあまり使わないので無駄遣いしない事を考えて16GBの方をちょいすしました。
こればっかりは足りなくなってしまうかは今は分からないいので賭ですね。

満足です。うれしい。
たぶん、しばらく僕を愉しませてくれるでしょうね。便利道具ですしね。
これからが愉しみです。

 

ギルティクラウン レクイエム・スコアⅣ

ギルティクラウン レクイエム・スコアⅣ

ゆうきりん:著
redjuce、平沢下戸:イラスト
トクマノベルズ


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ギルティクラウンのノベライズ4巻目。最終巻です。
3巻は涯不在だったので視点が集やその他の人物に移動しました。4巻は涯が復活した後の物語ですから、涯視点に戻るのかとおもったら3巻までと同様に色々なキャラクターの視点を転々としている印象です。
集が多めであるのは最終局面ですので当然としてですが。

大筋は全く変わらないのですが、少し展開が簡略化されていたりと言う部分がありました。大雲が死ぬ所とか嘘界が死ぬところとか若干ですが展開が違ったりしました。
全く本筋には影響ないところなんですけれど、嘘界が出ている部分で変更があったのは何となく印象に残りました。嘘界はギルティクラウンでも人気のキャラクターでしたし、その彼の部分で変更や簡略化があったのは意外だったのです。

ほんの少しの台詞やほんの少しの心情描写を文字で追加するだけで分かり易くなるっていうのが印象的でした。
やはり、心情描写が増えてより分かり易くなるのは、集の学友達の考え方や描写ですね。アニメでは割と瞬間瞬間で終わってしまうのがちゃんと描写されているのは大きいです。颯太、谷尋、亞里沙と言った人物がどうして集の味方、友達になり、そして敵になったかというのが分かり易くなっていました。

ノベライズでちょっと期待していたんだけれど、結果的に明かされなかった事がいくつかあって(ダァトのこととか、結局アポカリプスウィルスがなんなのかはぼかされたまま)、その辺は隠されたまま解決しないのねと言う印象を持ちました。
勿論、集と涯、そしていのりの物語を描くのにその部分まで、きっちりきっちり描く必要はないのですが、やはりその辺はファンとしては知りたいなぁと言う思いは無くはないです。

結果的に色々なものを失いながら、集は戦い抜きました。王としてではなく1人の人間としてと言う印象が大きいです。
王の力は他人の心をヴォイドとして使う力でしたけれど、それを王として使った涯、ユウは集に敗北しました。集は王としてではなく1人の人間として仲間の力を借りた。途中は違ったかも知れないけれど、最後の戦いにおいて彼はそうしたと思います。
だからこそ、颯太や谷尋、綾瀬は集に力を貸したのだと思うし、全てが終わった後に彼と語り合う事が出来るのだと思います。
人の力を使うと言う面は確かに王もそうなんですが、その使う為のプロセスが違う。人として、1人の人として仲間に力を貸して貰うのが大切なのだという事が、このギルティクラウンの主旨だったと僕は感じています。
それが、ノベライズだと分かり易かったと言う印象がありました。
まぁ、やはりノベライズだけだと、ちょっと場面場面の迫力というのは無くて、アニメを見た人向けではあるのですけれど。
ファンなら、もう一度ノベライズでギルティクラウンに触れてみるのも良いのではと思います。

 

簡単なアンケートです

簡単なンケートです

鎌池一馬:著
はいむらきよたか:イラスト
電源文庫


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実はこの書評一度書いた後、まちがって空のファイルで書きつぶしてしまい数週間後に書き直してます。

禁書目録の鎌池さんが書きためた短編、掌編小説を集めてプロローグとエピローグ4本が付け加えてあるという構成の短編集。短編の数は24でわりと多め。本の厚さからすると一本一本が短めなのが解ります。プロローグとエピローグが入りますしね。

大学で単位足りない感じの人たちへの救済措置として短編映画を見せるから面白かった順にナンバリングしろと言う課題。その映画が短編1話分になっています。
内容はギャグあり、ホラーあり、何でもありなかんじて鎌池さんの懐の広さがわかります。でも、そのままではどれも長編化するのは無理かなというものばかりで、禁書やヘビーオブジェクトの部分部分を読んだ法が面白いのは確実かな。短編と長編の一部という書き方の違いはあるかともおもいますけれど。

全体的にデジタルテイストが含まれている作品で、萌え系統なのが面白かったです。
これは鎌池さんがなれているジャンルといところ何でしょうけれど、他とはやはりすこし差がでてる。鎌池さんの「色」を見ることができた気がします。

で。
実は一番面白いのは4本あるエピローグ。どれも余りよいエンドどはなく、ぶっちゃけバッドエンドに含まれるものなんですけど、そういう味付けしたんだとしたのかと一頻り関心。アンケートという形式を取ることで読者を作品世界の中に引っ張り込むという手法が取られてるので、ちゃんとアンケートには答えた方がいいです。
そのアンケートでエンディングが分岐するんですが、僕は自分がたどり着いたエンドを読んだ後、他の3編を読んで、なるほどと思いました。確かに僕ならこのエンディングにたどりつくかと。
ただどのエピローグも決定的な解決をしていないのでフラストレーションはたまるかも知れない。それはひとつの完成された作品ではなくて、これは短編集なんだということで読まないとダメかもしれない。

定期的にやってみたいとあとがきに鎌池さん書いてましたけど、どんだけエピソードの片鱗が湧いてでてるんですかね。あの人の脳は。
他の作家さんも一緒なのかな?

まぁ長編の方がふつうに面白かったです。何本かツボに入るのはあるんですけどね。

 

アクセル・ワールド12 -赤の紋章-

アクセル・ワールド12 -赤の紋章-

川原礫:著
HIMA:イラスト
電撃文庫


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12巻。相変わらず寄り道が多い。
現実世界と加速世界で時間の流れが違うからか、加速世界内で発生した事件はそれこそ内部時間では何ヶ月も解決にかかるって事なんだろうなと思ったりしました。
であるならば、加速世界に潜ったまま、精神に異常を来すことが無いブラック・バイスは本当に貴重な存在だけど、普段何やってるんだろう?
少なくともバーストリンカーは学生である年齢であるので、加速世界に潜りっぱなし=リアルの身体は無防備に身動き1つしないと言う事であるので。
まぁ、同じ作者のソードアート・オンラインでもありましたしブレインインプラントチップなんてもんを利用していることから、長期入院患者かなにかなんでしょうけれど。
今の所、被ってる唯一の色なのでその辺も気になりつつ読書開始です。

この巻で起きている事件は3つ。
謎の1レベルファイター、ウルフラム・サーベラスの扱い、ネガ・ネビュラスの領土との隣接地域で蔓延するISSキットの問題、エネミー攻略に必要な鏡面装甲の取得。全部、元を正せば加速研究会との戦いに根ざしているのですけれど、嫌なタイミングで色々仕掛けてくるなぁと思います。
どれも、ハルユキや黒雪姫の性格を読んだ上で、放置はしないでしょ。さぞかし悩んでねと言う感じ。
鏡面装甲の件は別途、ネガ・ネビュラス側の思いつきだから邪魔立てはしてない見たいですけれど、絡めてが有効に聞いていて、ハルユキとかが穏やかに過ごせないのは確かでした。

そんな中での、一縷の望みがあるのは、ウルフラム・サーベラス自身が悪い奴じゃなさそうで、多重人格が上手く統合できれば良い仲間になってくれそう。
そして、少しずつだけれども、ISSキットの邪悪さが伝わって来たのと、対処方が見えてきてることですかね。
その分、嫌な敵が多いですけれど。

鏡面装甲の件は謡のエピソードも含めて、邪魔な別のエピソードなしで一冊でやれば良かったのにと思ったりもしました。
それが出来ないのがこの作者ですけれど、思いついたら速、反映みたいな感じですか。
アクア・カレントも戻ってきそうですし、対加速研究会前にはネガ・ネビュラスは本来の人数+ハル達ということになるんですかね?
何となく最後の方が見えてきた感じがします。と言いつつもレインじゃ無い赤の王が生きてるの?とか謎も増えてるんですけれど。
なんとなく、電撃の悪い癖がみえてる気がして嫌な気分もあったりします。

おまけにスカイ・レイカーお短編がついてました。なんつーかイラスト的にもファンサービスでしたけど、ソーユー内容ならいらないなぁ…。
本編をとにかく愉しみたい作品なので。
いろいろあって、ハル=シルバー・クロウが最強じゃなくてぼこぼこ負ける事があるのが何とも良いんですよね。
他の作品の主人公はあんまり負けないので。

 

「頼みにしているよ」の重さ

選挙活動が佳境ですね。
応援している候補者さんに対して「頼みにしているよ」と言う声を書けているのをよく聞く時期になりました。

アレって本気なのかしら?
それともサクラなのかし?
うがったみかたかな?何となくなんですけれども言った本人が発した言葉の重みは、その言葉の意味ほどには重くない気がしてなりません。

選挙の候補者選びにはどこか妥協って入るでしょ?
だって当人ジャナいから。自分の考えににた政策をあげた人にとりあえずだもんね。
全部の政策を委任できる人なんて早々居ないでしょうし、今の日本の政治家さんの大半はお金にまみれてる印象。そこで、「頼みにしているよ」という言葉はなんかすごく軽く感じました。

対して、今日、会社で「頼みにしているよ」という言葉をかけられました。
嬉しかったです。全く言葉でありますがが、ちょっと会社内のことなので明言は避けますが、とても重い意味をもった言葉でした。
ただ僕の体調も気にかけて下さった上で、そのお言葉を社長から頂きました。
すごく嬉しくて、ちょっと言葉が出ない感じでした。

同じ言葉なんです。「頼みにしているよ」という。
でもその言葉が発せられた状況によって、こんなにも重さというものが違うんだなと今日、つくづく思いました。

簡単に発してしまえば意図も簡単にその言葉は軽く影響の無い物になってしまう。
言葉の使い方と言うもの、こと、タイミング、そういった事をもっと学んでいかなければと思いました。

 

必要なのは自己表現?

今日、本屋によって思ったことがありました。

いつも行っている本屋さんで特殊な本屋さんではありません。
雑誌類を店の外の棚に陳列するくらいと言う特殊さはありますが。(この時点で分かる人はどこの本屋だか分かる)
本屋さんに並んでるもののラインナップが変わった気がしました。
そこの本屋さんはスペースが大きく無いので、売れ線の本以外はあまり在庫しない特徴があるのです。つまり売れ線の本しか置いてない本屋さんなんですね。
そこで思ったのが、マンガやラノベ、文庫や女性向けカルチャー本は変わらないんですけれどね。
ビジネス書、コンピューター関係、自己啓発本、それらのブースが広くなった印象があります。そして、ビジネス書や自己啓発本は勿論、メインになっているのはいかに自分をアピールするかと言う面に着目した、割と新卒の就活者向けの本が多い印象です。
コンピューター関係は普通の技術雑誌とは別に、デザイン関係やEvernote、Facebook、Twitterの上手い利用の仕方を記述した本が多い。

そこで僕は思ったんですが、自己啓発本も含めてデザインもスマホなんかを上手く使うハウツー本も、すべてがいかにして前向きな自分を表現するためにあるんじゃないかな?って思ったんです。
自己啓発本を読んだ人は、それにしたがって自分の良い点をアピールするでしょう。絵が描ければ、デザインが出来れば、その作品はその人の自己表現に他なりません。
スマホなんかのハウツー本は基本Blogなどの自己をアピールする場をいかに利用していくかを解説している本です。

つまり。
本屋さんの半分のブースを示していた本は、極端な話、全部同じ事が書いてあるといっても良い物なんですよね。
より上手くと言うのはあるのでしょうけれど、これだけ同じような本が氾濫しているのはどーなんだろう。

なんでもハウツー本に頼りすぎている印象を受けました。
インターネットが繁栄して、そのおかげで調査というのが楽になりました。ただ深く知ろうとすると本が必要ということになるのですが、なんかその本の質が、インターネットと変わらないんですよね。
今の時代の商売なのかもしれないですけれど、少し悲しくおもいました。

本だって人だった必要なのは自己表現だろうに。本の方はちょっと自己表現が下がってる印象があります。
そして人は自分ではなくて、人の表現をまねしているだけに思えちゃうよ。すこしね。

少し否定的な内容をあげるのもいいでしょう。

 

悲鳴伝

悲鳴伝

西尾維新:著
講談社ノベルズ


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西尾維新の最長巨編と言う事なんですが、1冊でと言うことであって、シリーズとしての長さで言えば戯言シリーズや物語シリーズの方がよっぽど長い。
とはいえ、1冊の厚さが電撃文庫のラノベ2冊分くらいあり、しかも新書なので上下組になっているのでかなりな長さであるのは確か。何となくだけど某ホライゾンに対抗したんじゃ無いだろうかと僕は思ってたりします。
この本を読み始めてまず思ったのが、本の厚さなどの要因によって読みにくいと言う事でした。たぶん某ホライゾンを読んでる人も同じ事思ってるんだろうななんて思ってましたよ。

西尾維新の作品は人を選ぶと思うのですが、僕は割と好んで読んでいました。と言っても今まで読んだのは戯言シリーズと物語シリーズ、世界シリーズだけなのですが、それらは僕の好みに合っていました。
この作品が僕の好みに合っていたかというとジャンルは合っていたと思います。ですが、内容や登場事物が好みに合ってないと言うか読んでいてすごくきつかった。
基本異常者しか出てこないのですが、これは割と西尾維新作品では珍しい事では有りません。でもこの異常者の度合いが他の作品よりきつかった感じがします。そして、正常な感性を持っていたキャラクターで有ったろうにと言うキャラクターも、歪んでしまってどこかおかしくなっていると言う作品でした。
圧迫感、強制感というのでしょうか、キャラクターが達が感じているそういった感覚が伝わって来て吐き気がすると言うか、読んでいてかなりきつかった。
主人公の空々はそういった事を感じる事が出来ないキャラクターなのですが、その対比として居るのであろう、ヒロインである剣藤さんがそういったものを背負っているというか割と普通の感性(でも壊されてしまっている)で、読者にその圧迫感を感じさせる役割だったんだと思います。

そして、この作品は主義主張が一見正常そうに見えるのに、その実、すごくおかしいと言う事の繰り返しで、ヒーローと祭り上げられている空々に与えられた仕事はどう見ても殺人ですし、彼をヒーローとして祭り上げる人達がどう見ても悪人でしか無いんですよね。
最もそうな事を言っているのに、それが正しくない気持ち悪さ。
一見正しそう何だけれども、ベスト、ベターな手ではなくてバッドなパターンであるという繰り返しで、空々が動けば動くほど嫌な方へ行っている。
最後はまぁ、諸悪の根源的を滅ぼした感じではありますが、それも小さな芽でしかないしと言う結末。
そういった気持ちの悪さと圧迫感がすごく嫌な作品でした。
たぶん、そういうのを狙ったんだと思うんだけど、やり過ぎ感が否めない。

 

向きとか不向きとか

なんとなくだけど、Evernoteが向いてないように思う。

何度かためしてるんだけど(だからアカウントは持っている)、そのたぴにこれを使ってどう思考を整理するんだろう?
もしくはデータのクラウド管理をするのだろうと思ってしまうのです。
僕が情弱ななだけかも知れないけど。

Evernoteは要はスクラップブックの様なものだと僕は理解しています。
思いついたこと、目に付いた情報をEvernoteの中に突っ込んで、関連性着けていくことで思考を整理していくという類のツールだと思っています。この考え事態が間違っている可能性も十分にあるものなのですが、そこを論じても仕方ないのでここでは置いておきます。

そもスクラップブックと言うシステムで思考を整理するというのがあまり理解できてないんですよね。
スクラップブックというのは記憶、思いでを切り取っておく、鮮明にしておくというツールであるというのが僕の考え方、思考です。そこになにを足そうがなにを引こうが関連づけようが、それは過去の思い出との出会いであって、前に進むための原動力というツールだと思えないのです。
そのためか、思考ツールですと言う触れ込みであるEvernoteに対してイメージのギャップを持ってしまっているのかもしれません。
世の中に氾濫しているEvernoteのハウツー本でも読めばその誤解は解消されるのかもしれないですけれどね。

ノートを思考ツールにするという考え方は理解できます。
きっと僕が見てない部分だノートを使う思考ツールとしてのEvernote姿があるのでしょう。

でも僕にはそこにはたどり着けませんでした。ノートなら紙のノートやJota noteがあるじゃんと思ってしまう。情報の関連付けとかもフォルダなんかを工夫したりすることで十分やっていけるなんてね、思ってしまう。

多分僕はEvernoteをうまく使うと言う考え方に不向きなんだろうなぁ。(笑)

そしてインスコしたあとにあまりに出てくる説明やら有料版の広告が許せない。あんなに出てこられたら思考どこじゃないじやんかさ。

 

鋼殻のレギオス21 ウィンター・フォール 上

鋼殻のレギオス21 ウィンター・フォール 上

雨木シュウスケ:著
深遊:イラスト
富士見ファンタジア文庫


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とうとう本気をだしたレヴァンティン。ソーホをゼロ領域から救うと言う名目のものとずっと活動を、それこそ都市が栄え滅んでいくと言うサイクルを何度もみながら、そして汚染獣にあらがい戦っていくアイレインの因子を持つ者達や、唯の人間達の営みを見ながら過ごしてきて、この結果かよと言いたくなりました。
最後にレヴァンテインが過ごしたの、少しでもその悲劇の可能性を摘める可能性があったツェルニで、そこで彼女はメイシェンやミフィといった普通の人や、ちょっと異常な(笑)人間らしい人達にであって少し、成長らしい、人造機械ではないソーホを思い慕うことが出来る人間として成長出来たはずだったのに、これかよと。

来る舞台はツェルニではなく、やはり天剣がそろっているグレンダンででした。
足りなくなったノイエランはクラリーベルが、ヴォルフシュテインはデルクが次いで12人そろった状態の迎撃に、状況を見極める事を決めた主人公レイフォン(それでもかやの外っぽさは否めない)とフェリ、そして女王とリーリン、総動員での迎撃と言うのがこの巻の話となっています。
上巻とあるとおり、結論は下巻待ち。

読んでいてですね。
やはりレヴァンティンが悲しい。人ととしての成長をなまじしてしまったが故に、イグナシオ≠ソーホである事に気がついて居る。以前からも気がついて居たけれど、それが許容出来なくなって来ている片鱗が見えつつあります。
それがすごく悲しいです。
いわば、レジェンド・オブ・レギオスのときに掛け違ってしまったボタンがここでもの凄い違和感を発しているんでう。
そしてそのボタンはもう留められて縫い合わされてしまって元には戻せない。その悲しいそういった相手との戦いを天剣、そしてレイフォンは強いられていきます。
その辺がすごく悲しいなと思いながら読みました。

レイフォンが一番弱いと見える天剣をばったばったと殺していくレヴァンティンが末恐ろしく感じました。もしハルペーが人類の味方でなかったら、ツェルニは一体どうなっていたんだろう?そして、カリバーンとドリィンダナはどうしてるとか描写あったっけなーとか読み替えすの大変だなぁと思いつつ。
この巻はレヴァンティンがあくまで主役で、それに対抗する天剣達はおまけみたいなモノでした。リヴァースとカウンティアの姿をみて、能面のような顔をしていても、動きを少し止めてみたりと、それまでレヴァンティンが歩んできた道がどんなものであったかを象徴しているようで悲しかったです。
リヴァースの戦闘法の関係から最初にこのエピソードが持ってこられちゃってるのがすごく残念でした。

とにかく戦って戦って戦ってる巻。
それがこの巻でした。レヴァンティン圧倒的すぎて勝てる要素が見えないのが心配になります。(笑)

 

朝日

バスの最後尾から前方を撮影した写真。
写真だと微妙かもしないけどフロントガラスから入った朝日の黄色いような山吹のような暖かい光が、バス内に拡散しててすごく綺麗だったの。

また同じ様な憂鬱な朝でも、こんなご褒美がたまにはあってもいいよね。
自然って美しいんだぜ。

 

死と病と周りにいる人

今年はね。
12月までやっと来た、これたと言う気分が大きい。
去年は震災の影響が少なからずあってさ時間が経つのが異様に遅く感じてた。今年はむしろあっと言う間だったと思う。
特にある一定期間において。

ごく近しい人(そう感じてる人)が何人か大病を煩った。
1人は母で子宮頚部湿潤(軽度の子宮ガン)で全摘手術を受けた。母の経過は有り難いごとに至って順調。問題は無いようだ。
1人はとても急な話で亡くなったと言う話を後日聞いた。つい昨日まで話していた人が急に突発性の発作で亡くなった。
1人は僕がその性格や能力を慕っている人で膵臓ガンの告知を受け治療を開始された。

なんか、今年は周りで死や病に関する報告を受けることが多かった。
大丈夫だと言われても心臓はバグバグと激しい鼓動をうち、その先に待っているであろう可能性を考えて胸が締め付けられる。不安症状の悪い出方だと思う。

突然だっだ彼と問題が無かった母は別として、もう1人の当人はわりとさばざばしている。ふつうにと言うわけには行かないけれどきちんとそれと向き合い結論を出して、自分がこれから大丈夫なのか、だめなのかそういった判断をすませて僕の前に再び立った。全く変わらずとは言わない言えない。だけれども僕がこれ以上どうにか成るかもしない程の変化なんぞこっれぽっちも見せずにそこに居る。今を生きている。
もちろん、休んでいた一月程のあいだに自分との折り合いをつけた、じっさいには数日位は掛かったと言っていた。

その人はむしろ自分より普段から軽鬱のある僕のことを気遣う言葉をくれた。泣きそうになったがそんな訳にも行かずにこらえた。

代われる訳ではない事柄。
どうしようもないのも解ってる。僕が如何に不安のおののいても何の足しににもならないどころかマイナスが大きい。
バグバグする心臓も締め付けられる胸も。僕のこの非弱な体のパーツだ。
どうしようもなく情けない。どこを見ても不安だからけで、何事からも逃げるようにしているのでは無いかと思ってしまう。
たいていの人が抱えている不安であるし、たまたま、今年、僕の周りにそういった事が多かった。ただそれだけのこと。
打ちのめされそうになっても、何が起こっても僕の僕自身の事は続いていく。

周りの人が見せてくれた強さ、大丈夫だよと言う心遣いになんとか報いたいと思うけれど。
今を今まで通りに過ごしていくのが今の所精一杯です。ごめんなさい。
僕の周りの人達は、その人達も含めて僕のこの状態に気がついてくれていて大丈夫?と優しい心をかけてくれてとてもありがたいです。
それを胸に前を向きたいと思います。
どんな些細な事でもいいから。前を。

 

デジタルデバイスってどこまで進んだ?そして欲しいのよ。

デバイスというのは便利な道具だけれど、どこまで進歩したんだろう?
どこまで進歩ができて、どこまでで進歩が止まっているんだろうと言うことを考えました。

僕はデジタルガジェットが好きです。
予算の関係と慎重な性格故に実際に手を付けるのはそれほど多くは無いですが、それなりにこれまでいくつかのデジタルガジェットを実際に利用し、それらが便利なツールである事は実感しているつもりです。電子手帳からはじまり、WindowsCE機や、ミニノートと分類されるLibrettoやLet's Note Rシリーズなどを利用して、今はAndroid携帯を使っています。
今、食指を動かしているのはAndroidタブレットですね。
スマートフォンよりも大きな画面を搭載したデバイスはブラウジング等で、スマホより大きな画面を利用出来るという利点が魅力です。そこで何ができるか、どのような可能性が広がるのかが実際に試してみたい所です。
一番の利点として考えて居るのは、Kindleに代表される電子書籍に一番適しているのが、タブレット端末であると表されている点ですかね。
スマートフォンでは若干、電子書籍は読みにくいと感じてましたので。

そのタブレット端末、順当に考えれば7インチサイズのNexus7かKindleFireHDと考えて居るのですけれど、手に入れたらさぞかし楽しいかなと思うのです。でもそれらで出来る事が別のガジェットでは本当にできないのだろうかと考えてしまうのです。
KindleについてはAndroidやiOSでないとソフトが提供されていませんのでパソコンでは利用しにくいですが、スマートフォンがあるかぎり、この端末だけが出来ると言う事ではありません。

僕の持論としては生き残っていくデジタルデバイスは、他のデジタルデバイスが出来ない事を出来ると言う1点に限ると思っているのです。
WindowsCS機はPalmOSと同じ事しか出来なかった故に消えました。PalmOSは携帯電話が高性能化していくにつれ、携帯電話にそしてスマートフォンに喰われていくことになったと考えて居ます。
ではパソコンは?上位であるワークステーションというのはありますが、ここは価格帯などで棲み分けが出来ていると考えて居ます。
ただし、それも曖昧で低下価格なワークステーションはWindows等に喰われているのが実情だと考えてしまいました。

現状として、パソコンはそれ以下に派生するデジタルガジェットの開発ベースになっているので、それ自身が消える事はないでしょう。
それはパソコンとしての個性という、それにしか出来ない事だと思うのです。
ではタブレット端末にしかできないそれって何だろうって思うんですよね。
おそらく、それは可搬性だとおもうんです。
可搬性、それはデジタルガジェットが誇るべき方向性なのかなと言う疑問をちょっと思ってしまっています。
だからといって、タブレット端末を否定する訳じゃないですし、むしろ欲しいんです。欲しいんですけどさ、どうしてもその点だけが引っ掛かるんですよ。
潔癖症なのでしょうか?
本や書類を大量に持ち運べ、視認性の高い大きさで見れると言うのはそれなりに十分な特徴だと思うんですけれどね。

実は僕にこれを思わせたのは、デジタルデバイスが特技としてきた事が『読む』『見る』という文筆という行動の片側だけに特化していたからです。
『書く』動作についてはキーボードやペンタブといったパソコンが必要となるアイテムに依存していることが多いなと言う事。これらはあたららしいデジタルデバイスは苦手としている部分なんですよね。
そして、僕のその印象を決定的にしたのが、キングジムさんのこれでした。

キングジム
ショットノ-ト
Mサイズ


これは普通のノートなんですけれど、デジカメで取り込んだ時に縦横を補正するためのマーキングがしてあるもの何ですけれどね。この紙に描いたものは後でデジカメでデジタルデバイスへ取り込むことが出来るんです。出来る事は要はスキャナを紙とデジタルカメラで代用する事が出来るアイテムなんですけれど、これを上手く利用する事で、タブレットが持っている可搬性を上回る様な事が出来るのではないかと思ったりしたんです。
それには紙媒体というとってもレガシーな先祖返りが起こるのですけれど、会議の場にはさパソコンはあるんでしょうし、各人がこのショットノートのマーキングが付いた紙に印刷した書類を利用していたら?デジカメで取り込む事は可能ですし、取り込むレイヤを工夫できれば、パソコンで後でどうこうできるのでは?とか思ったりしてしまったんです。

それが直接、タブレット端末のデジタルデバイスとしての優位性を失わせるモノだとは思っていません。
むしろそんな僕程度が気がつく事なんて、デジタルデバイスの発売元は考慮済みでしょうし、それがマイナスになるどころか、それらを同時に使う事でより活用していくというのが正しい所なんだと思います。

そう言うことを思って考えて思ったのです。
デジタルデバイスは発達しました。すごく魅力的です。
でも、それ以上に人間がここ何千年と使ってきた紙と鉛筆を超えるデバイスは出ていないのか?とも。
きっと恐らく、何千年か後の人類が今の時代の道具を掘り起こした時、多いに悩むでしょうね。デジタルデバイスをこれだけ発達させたのに、結局、ペンと紙の呪縛から逃げれてねーよとかね。

さて、Nexus7を買うために情報あつめでもしますかね。(笑)

 

エウレカセブンAO

前作のエウレカセブンはアニメ本編は見てません。
ノベライズ作品とコミカライズ作品で大まかな流れを知っていると言う状態で本作を視聴しました。
22話までを通常のスケジュールでの放映、23、24の2話分を完結編として別の枠で放送されていました。父と子、母と子というのがテーマだったのかも知れません。それと、今現代とは少し違った世界情勢。太平洋戦争時に何かが違っていたらこういった世界だったかもよと言う舞台背景で、スカブコーラルとシークレットという特殊な事情があると言う複雑さをもった世界設定。少し取っつきにくさを感じました。
前作のイメージからスカブは味方だよね?(エウレカがスカブ人間であるから)とか見るからにシークレットは敵としての動きをしていたりとして、色々ミスリード的なところがあった感じがします。

見方としては基本、アオの心情を追いかけておけば良いのですから、それほど難しい訳では無いんですけれど、かなり込み入った家族間のやりとりとかがあるのが、この作品の脚本がよく練り込まれているのが分かります。それが良い方に働いたかはどうかとしても。印象としては何が描きたかったのかが曖昧かなと感じました。
何タイプかの家族の形が描かれて、それが主題がぼやけた感じにしてしまった感じがします。
基準になるのは前作の主人公であるレントン、そしてヒロインであるエウレカなんですが、この2人は頻繁に出てくるわけではなありませんし(レントンに至っては完結編しか出てこない)、この2人の言動の不一致(出てくる度に彼女らの時系列が違うから)があるのでされらにわかりにくい印象でした。

おもしろかった?と言えば面白かったかなぁと言う程度で、もの凄く面白い!!と断言出来るものではな無かったです。それでもFLOとか格好いいですし、何回も見直してると味が出てくる感じです。
トータルで2回みたけれど2回目のが楽しめた感じ

 

天空のエスカフローネ

再放送を視聴。
本放送の時は見ていませんでした。坂本真綾さんのデビュー作的に取られている作品です。
ロボットアニメという事なんですけれど、当時流行ったファンタジーにロボットを混ぜた世界観の作品です。
何とも古くさいなと言う印象があったのと、これ以降に出てきた同じような設定のものをいっぱい見聞きした後だったからかあまり楽しめませんでした。
昨今の作品に比べると要素がいっぱいある割にはきちんと配分が考えられていて詰め込みすぎという印象はありませんでした。
ただ、面白かったかというと、そうでも無いかなと言う印象。
どうしても古いと言うのが先にあってしまって中途半端な感じを受けてしまった感じがありました。
当時見なかったのがすごく残念かな。

運命的な要素が多くてそれをいかに乗り越えていくかと言うのと、自分の気持ちをいかに素直に表すかと言う事がテーマだったかと思います。
自分の気持ちに素直になれないせいで、戦争になってしまったり、復讐心に駆られてしまったり、不幸に陥ったり…。
それは極端に描かれて居るけれど、現実にもあることで、自分に素直になっていればどんな結末であっても公開は無いと思えるんじゃないかなと思いました。
登場人物がどの人物もみんな素直じゃ無くて、裏に何かあったり自分を押し殺している人物ばかりで何でこの人たちこんなに素直じゃにないのと途中疑問にも思ったけれど、実生活ではそんなに素直に生きている人って少ないかとおも思ったりもしました。
当時としてはそんな現実世界への揶揄だったのかも知れないです。

僕としてはどうしても、画質の荒さとかが気になってしまうので古い作品は避ける傾向にあるんですけれど、これは見てみて良かったと思っています。

天空のエスカフローネ Blu-ray BOX

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がんばってみてる(続)

まぁ、いろいろあって、自分を鼓舞する方向に持っていこうとしているのです。
逆効果であるかも知れないけれど、とりあえず止まる事は止めにしたんだと僕は思いたいです。

何故そういう事になったかと言うと、自分にとって自分の社会的な地位にもの凄く影響がある人にとある出来事があったからなのですが、それはその人のプライベートと言う事もありここでは話さないで起きたいと思うのですが、そのことで僕はもの凄くショックと高い不安感を抱きました。
どれくらいかというと、話を聞いたとき冷や汗がとまらなくなり、その後数日動悸がして、食事が喉を通らない。しかも下痢をする。
完全に不安症状から来る精神的なダメージでした。

それがなんでブログとかでがんばることにしたのってことになると、話は長くなるのかも知れないんですけれど、僕のお仕事はプログラマ/SE。物自体はソフトウェアという形で生産されるものですが、その過程で出てくる副産物といったものは膨大な文章や図だったりするのです。それをいかに効果的に魅せるか、いかに短期間に思考をまとめるかと言うのが重要になるのかな等という発想にいたったんです。その人の業務の一部を肩代わりしてて。
そんな時、ちょうどtwitterでフォロワーさんのお一人が運営されているすばらしい文章ブログを拝見しました。そのひとつひとつの記事からは確かに、そのフォロワーさんの思いってのが伝わってくる。勿論、正式文章ではないですから口語ですし、見せ方というのも正式な文章とはまた違うモノであるはずです。でも、見習いたいなと思ったのは、そのパワーでした。

僕以上に時間が無い方なんです。奥さんがいて、お子さんがいて、僕より朝早く出勤して夜遅く帰宅する方。iPonneと言う思考ツールを駆使して、そのブログを運営されてます。きっとそれはほんの一瞬一瞬の時間をiPhoneを使うことでつなぎ合わせてまとめて言ってるのだと思います。
僕が仕事で作成する文章はその時間を集中して利用できるものですが、精度が悪い気がするのです。
勿論、社内チェック、顧客チェックを経て、OKを貰っているものですから、それで良いはずなのです。ですが、何かが足りない。
それはまとめ方なのか、伝え方なのか、そもそも文章力なのか、そして感じた様に「パワー」なのか。
それが何かを知りたいとおもいました。

Blogと言うモノは書き散らす事もできます。
それでも、何かを感じて貰う為に、もしかしたら訪れてくれた人が読んでくれるかもと言う思いで書いているものです。
だったら少しパワーを込めてみようと思ったのです。
上手くいってるかな?上手くいってないかな?それは分かりません。

でも、僕がこう思って、少しでも何かをしたと言う事は決して無駄にはならないはずだと信じて。
今日もBlogをアップしてみましょう。

 

ココロコネクト

5人の文藝部員(なのかな?)の中で起こる不可思議な現象を扱った青春物語。
言ってしまえば、昔にあった転校生という映画のネタを複数人でやったという所です。
性格の入れ替わり、欲望解放、そして幼児退行という事件が強制的に巻き起こされることで、お互いを見つめ直し、自分達の感情や家庭の問題と向き合っていくと言う話でした。
お互いの傷や秘めた思いなんかがさらけ出されると言う状態にいらだつ5人。そしてそれを観察している「フウセンカズラ」という存在や「2番目」という存在が居ルということが分かるのですがアニメでは結果的にこの3つの現象にかたが付いたと言う所で終了していて、その後、登場人物達がどうなったかと言う面には振れられていませんでした。

ネタとしては使い古されたネタであるのですけれど、大概その場合は登場人物、問題の現象に巻き込まれるのが1人ないし2人であるのに対して、5人という大人数であるというのはとても面白かったです。
セーブ役が設定されているのか、大概の場合に全員が一気にというのはなかったんですが。
しかし、人に心の中身を知られたり、自分の悩み等を知られると言うのはきつい。あまりにきつい。
特に思春期で家庭環境に問題があったりする場合や、上手く思い人に思いが伝わらない場合などはそうでしょう。もし、それが下手に伝わったら命を同行してしまうくらいには。一見、楽観的なコミカルな絵柄(原作の絵師がアニメ、けいおん!に関わった人なのでけいおん!の絵に酷似している)のせいで、重さを感じ無いのですが内容はすごく思いものでした。
人間不信、男性不信、家庭内暴力などそういった事を抱えた登場人物達が必死に問題に取り組むと言う作品。
見ていてとても切なくて、痛くて、でもそれでも温かくて良い話だったと思う。
残念なのは最後まで描かれては居ないことかな。

なにやらアニメ放送中にラジオ関係で炎上してたりしたみたい。
ラジオ聞いてないからまったくもって門外漢だったけどね。

 

東横線副都心線直通運転まで

これ、東横線渋谷駅にある子供が中に入って記念撮影が出来るタイプのオブジェクトで、上の電光掲示板は東横線と営団副都心線の相互直通運転までのカウントダウンになっています。

そこに照らされた100という数字を見て今日でとうとう後100日かという感じに思いました。というのも僕は歓迎してないんですよね。相互直通。
僕は渋谷で田園都市線に乗り換えるのですけれどそれは楽になりそうです。
でも、朝は田園都市線のホームをさえてバスを利用するのですけれど、バスのターミナルから東横線/副都心線のホーム遠いんですよね。

あと、どこもそうなんですけどヒカリエ直通の出口以外が異様に狭くて、東横線から渋谷の街へ繰り出す人の波を捌けるのか、とても疑問なんですよね。

むろん、これは渋谷駅大改造のごく最初の一手であってこの後、JRホームや銀座線の位置の変更、東横店の立て替えなんかがあるのは知っています。
完成すれば、使いやすい良い駅になりそうですけれど、それまで何年かかんだよと。(笑)

少なくとも通用階段を広げて欲しいと思ってるのは僕だけじゃないと思うんですけどね…。どうです?東急さん!!

 

うちの愛犬はチベタン・スパニエル

うちの愛犬、くぅ。
名前の由来は音の感じからつけたのですが、漢字では空とかきます。
チベットと犬なので孫悟空から一字もらったかたちです。

日本ではあまり見かけない犬種で200頭前後から300頭くらいしか居ないらしいですが、うちではそんなに探し回ってという感じでお迎えしたのではなく、あっさりとブリーダーさんで売れ残ってた(割と曰く付き)な子を紆余曲折の末、お迎えしました。
今ではすっかりうちの子です。

さて、このチベタン・スパニエルという犬種。知名度が低いのでお散歩しているとよく、犬種を聞かれたり間違われたりします。雑種?と聞かれること多いんですけど、立派な確立された一犬種でオーストラリアとかでは人気あるんですよ。
次に聞かれるのはペキニーズですよね?という感じのの問いかけ。ペキほどマズル短くなく大きくないです(平均で1kgほど軽い)。それに毛がここまでしか延びません。

狆の原種と考えられているらしく、僕が他の犬と一番似てるのはどの犬種か聞かれたら狆と答えます。
スパニエルと入っていますが、スパニエル種の血は入っておらず名前だけだそうです。

狆の原種ということで解るかと思いますが、パグやペキニーズともつながりがある犬種で性格も似ています。飼い主ラブで他の人には懐きません。噛んだりすることは無いですが警戒してますね。
チベットのお寺ではガードドッグ(警戒役)として使われていたので来客にはガン吠えしますが…。(笑)

ベタベタされるのが嫌いなので、煩わしいことはしてこないくぅ。僕や家族の近くでまったりしているのが好みな様です。もうすこしベタベタしてくれてもいいのに。
そんなくぅがとっても愛おしいです。
今、7歳半。これからも元気で居て欲しいものです。

ということでうちの子はチベタン・スパニエルです。ペキニーズじゃありませんのよ。(あまりにそう聞かれるのよ)

 

人類は衰退しました

同名のラノベ原作のアニメ。
人類が文明のピークを過ぎて緩やかに滅亡に向かっている世界で、人類の後に地球にはびこった小人さんたちと主人公の少女のほんわかとしつつもブラックなやりとりを描いた作品でした。

ほんわかした雰囲気なのですが、エピソードの落ちは基本ブラック。
ブラックジョークをずっとやってる感じです。小人さんが基本純朴なのですがその純朴さ故に巻き起こる間違いややり過ぎが面白い。
ただブラック。非常にブラック。
現代の風刺的なイメージがありました。
基本はギャグなんだと思います。ブラックジョークを愉しむ作品。
「私」ちゃんのドライなモノローグがすごく面白かったです。

作りがこっていて主人公である「私」ちゃんを初め、登場人物の固有名詞が徹底的に除外されている事。まぁ一部、愛称が出てくるキャラクターは居るのですが、その他人間に関しては実名は避けられていました。
こういう凝った作りってのがないと作品の特徴付けって出来なくなっているのかなぁ…。

 

境界線上のホライゾンⅡ

本屋さんで異彩をはなつ分厚さで目を引くラノベのアニメ化第2期。
結局武蔵の面々は当主となったホライゾンの感情を取り戻すべく9つの大罪武装を集めるために世界を放浪ってことで良いのかしら。
英国へ寄港して、その英国との外交的やりとり(戦争含む)をおもしろおかしくと言う感じでした。
なんか、これを完全に理解するのはちと情報が足りなくて、何回か見直す必要がアルカナという感じ。
1期、2期とも1回ずつしか見ていないので理解が足りないかなと感じています。
ちょっと流し見しちゃったので。
でも、何度も見れば味が出てくるアニメなのかも知れないと感じています。
もしくは原作を読むか。

しかし、歴史再現を目的としているという設定があるのですが、そこまで再現しなくてもいいじゃない?とか思うこともあったり。
1期以前ではホライゾンが当主の重責から自分を犠牲にしましたけれど、今回は傷あり=メアリが英国を背負ってその重責にたえて自己犠牲を強いられている。
それをやっぱり武蔵の面々が救い出していく話なんですけれど、なんでそんなややこしいことにと。
メアリ・スチュアートとメアリ・チューダーを混ぜているからもう訳が…。(笑)

そんな中でもまぁ、武蔵の面々のやりようと言うのは小気味良く見ていて良い感じだなぁと思います。なんか理不尽さに運命を強いられている人を救う為に全力を尽くすっていう感じですかね。そのやりとりが良い感じです。
最後はやっぱりトーリが決めるんですが、それまでは比較的、1期で目立たなかった面々が活躍している印象でした。
魔女2人は別として。
順当に行けば3期があるのかな?これ。

 

輪廻のラグランジェ season2

後半1クール分です。
面白かったんだけど、何となく釈然としない部分があるのも確かという感じでした。
前半にくらべてウォクスなどのロボットの活躍も増えた印象であるのですが、やはり結局のところロボットはあくまで副次的なものであって、仮にこれがロボではなく、主役のまどか達に与えられた特殊な能力とかであったとしても特に違和感は無かったんじゃ無いかな?
ウォクスはメモリアと呼ばれる印が無いと動かせないと言う事であったし、物語の中核に居る人達は皆、メモリアと何かしらの形で関係していたし。
ウォクスなどせっかく日産のデザイン部でのデザインという普通のアニメとは違うデザインを導入したのに、あまり活躍しないのはちょっと残念でした。

この作品ではメモリアの力によって悲劇が起こった過去があって、そして現在進行形でディセルマインがその力によって影響されて過ちを犯すと言うことが物語りの背景として描かれた上で、その中でまどか達の選択がどういったものになっていくのかが描かれました。
まどか達は友情を取ることでメモリアの悪影響を受けずんすんだ。
結局のところ力というのは使いようであって、まどか達はそれを間違えずに使うことが出来た。と言う事なんだと思います。彼女たちがウォクスをどのように使おうと思ったのかが重要だった。
一番のキーになるウォクス・アウラに乗っていたまどかが一編たりとも自分の為だけにウォクスを使おうとは思わなかったこと、常に誰かの為にと言う行動指針をもって動いていた事が彼女を救ったんじゃないかと思います。

それにしても、まどかほど、自己犠牲精神の強いキャラクターってのは珍しいよね。
しかもその自己犠牲さが気持ち悪くないというか、彼女の成り立ちからそれが理解できて、その自己犠牲によって自分が得られる気持ちなども彼女は理解していたように思います。自己犠牲的ではあるけれど、自分がないキャラクターではない。自己犠牲キャラにありがちな自分が無いというのが、気持ち悪さとまどかに付け加えずに済んだ結果だと思います。

作画が安定しててよかったけど、なんかいまいち盛り上がらなくて残念だったかな?

 

朝からついてないでごさるよ

まあ、朝からかれこれ一時間くらい電車に閉じこめられた状態な訳です。
これを書き始めたとたん動いたの何の因果なんでしょうかね?

今回は電車故障でした。
つまりなんかしらの原因で電車が壊れて動かなかったケースなんですけど、これってあんまり腹が立たないんですよね。
整備員のひとも好き好んで点検をミスるとも想いませんし、そのあたりは十分システマティックになってると思うので。
同じ鉄道会社の別路線では人身事故が発生したみたいですけど…。

今回、僕は約一時間駅で立ち往生しましたけれど、これは世界各国から見たら奇跡的回復時間だそうです。
そう言うことを知ってると割とおちつけますね。
車内でもみくちゃにされること以外は。

振り替え輸送は利用しませんでした。
提示されているのが隣駅(隣はある程度のターミナル駅)までのバス振り替えなんですけど直通バスが無い上に本数の問題ですでに飽和してて身動き取れなかったから。
この時点で会社に連絡入れました。

こういう時にこの不意に空いた時間と狭いスペースつかってなにが出来るかが社畜力の違いってやつなんてすかね?
どーでもいいけどみんなネットやら電話するからケータイがつながらねぇつながらねぇ。(笑)

 

ソードアート・オンライン10 アリシゼーション・ランニング

ソードアート・オンライン10 アリシゼーション・ランニング

川原礫:著
abec:イラスト
電撃文庫


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アシリゼーション編第2弾。
今までのシリーズが前後編で終わっていた事を考えると、破格に長いエピソードになりそうです。
大まかに分けて、話の展開の要素として3要素が複雑に絡み合っている様な構成で、それがそれぞれが時間の流れとリンクしていると言う面白い作り方をしているなと思いました。
やっていることは、仮想現実での冒険であって、主人公のキリトから見ればいつかは現実に戻れるという希望的観測持ちで進行しているのが、読者としてはヤキモキしてならない点でしょうか。

ビギニングでもすこし思ったのですが、最初にデスゲームであるアインクラッドがあった上で、リアルキラーが登場したアルヴヘイム、ガンゲイルを経てしまうと、ソードアート・オンラインのザ・シードによって新しく展開されたゲーム世界の緊迫感ってのは過小評価になっていくのは仕方ない事だと思います。
それがたとえ茅場晶彦の用意したゲームの種であっても、アインクラッドほどの危険はないというのが、マンネリ感や安心感といった所の部分となっていたのは確かだと思うのです。
そこへきて、アシリゼーション編は3つの危機が平行して起こるってのが面白いです。1つはキリト=和人の肉体的な死、これを救う為に処置につかったのがアシリゼーションのシステムな訳ですが、アシリゼーションの世界の中でキリトが禁忌コードにより死を迎えてしまう可能性、そして、1000倍に加速された世界とのギャップによる精神的な死の可能性。
多重でなければ何となくキリトならと言う気も、しなくもないですが、さすがに3つ重なった上にキリトには動じようも無い状況が多くて、わりと彼自身はのんきにRPGライフしてるのが面白いです。
外部の明日菜や直葉は色々うごいているどころか明日菜なんて犯罪的な事までして、状況に追いつこうとしているのに。

この作品では基本、ストーリーはヴァーチャルの中で進むのですが、実際のところ、アシリゼーション編に入ってからはヴァーチャルはおまけな感じ。
けっしてつまんないわけではないのですが、どこまで言っても黒の剣士キリトの強さってのは固定してますからね。
アンダーワールドでアリスが救えるかとかどーかというよりも、それらに明日菜達がどうか変わっていくか、キリト=和人が救えるかの方に興味がありますね。

 

がんばってみるのよ

このご時世、お小遣いというものはなるべく節約したいもの。
にもかかわらず、欲しいものは次から次へと発売されて、お財布のひもをいかに弛めさせるか、各企業思考をこらしてあるわけですよ。

一般消費者なわれわれはその誘惑にいかに耐えきりかつ効果的に乗っかり物欲やら所有欲を最大効果で迎えないとストレスというやっかいな病気が待ち受けているのです。

オタクという人種であるはがねはかなりお財布の紐がゆるい(というか付いてないんじゃないか?)タイプの人なので、年末商戦に入ったいま、かなりの精神攻撃をうけております。

そんなことを思いながらふと思ったのがアフィサイトなこと。
アフィの登録のところには、月の収入が僕の月収越えちゃうようなことが書いてあったりしてほんとかいなとか思うわけですよ。
もちろん、そんなのは最高に成功したケースであるのは理解してるのですけれど、じゃあ一般の人が普通にうたい文句に書いてある程度のことをしたらどれくらいの収入になるのかな?とか思ったりするのです。

僕のこのブログだってAmazonのアフィ結構長い間やってるけど支払い(Amazonポイントにしてあるから1,500円単位が一回あったただけだし(2回目目前ではあるのでみんななんか買って。ぷりーず)、それほどうまい副業じゃないよね?なーんてかんじてる。

んですこし実験的にもひとつブログを立ち上げて(内容はこことは全く違うよ?アフィ用)、集客とかどーなのよ的に試してみることにしてみた。
コンセプトはアフィサイトの美辞麗句で本が毎月一冊かえるだけの稼ぎがでるか?(笑)
アフィサイトの言い分違ってみる限りなら日に30分から1時間で十分なはずだもんね。

どーなることやら。

 

不完全神性機関イリス2 100億の時めぐる聖女

不完全神性機関イリス2 100億の時めぐる聖女

細音啓:著
カスカベアキラ:イラスト
富士見ファンタジア文庫


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氷結鏡界のエデンのスピンオフ作品。2巻目。
まさかの水着回。

この世界観って氷結結界が無い分、幽幻種との争いが直接的でシビアなはずなんですが、主人公が予備役の学生であると言う事も有り、そこまでの悲壮感はありません。
まだ世界は滅ばない。そう信じられているふしがある世界感となっています。
読者としては氷結結界のエデンの世界がこのの後に備えている訳ですから、どうなってしまうのかが明確になっている状態で何とも、この登場事物達の楽しそうな姿がかりそめのモノに見えて切ないです。
特に、コンピューターにハッキングを仕掛けてまで自分の枠をつくって参加しようとするイリスの姿とかいじましいのですが、彼女自身はその縁は何となく裏では分かっている気がしないでもないんですよね。
脳天的に過ごしているようで、本心は戦いたくなくても、いざというときに戦わなければななら無いのが自分である事はそれはそれで理解していると言う感じです。

イリスが使う戦闘技能というのは、エデンではシェルティスやレオンが使う直接的な戦闘技能です。それに浸力が込められると言うのはあるのですが、それはレオン達もやるので、その延長でしかないです。
1巻ではお目見えしていなかった巫女側の力を持っているキャラクターがこの巻で登場しました。紗砂・エンデンス・凜・ケール。すなわち、聖女。この物語以降、エデンの世界まで氷結結界を支え続ける人物です。
この人物の性格もイリスや凪同様、普通の人なのですが、背負わされている事よって、事件に巻き込まれる。そして、その後どのような結末を迎えるのか読者は知っている訳です。

この物語では、事件は起こるモノのイリスや凪を中心とした楽しい世界が「まだ」絵が駆られているんです。
この後に強いられる辛い選択が見え隠れしているのですが、それが最後まで訪れない事を願ってやまないと言う感じで読むことになります。
それは決して叶わない事を知っていながらです。
それが辛い。
物語の印象と、読後感の印象の乖離が半端ない感じです。

 

イルミネーション

12月に入ったころからちょこちょことイルミネーションが姿を見せ始めてますね。
会社のある三軒茶屋、茶沢通りも例年通り飾り付けられてます。
あんまり豪勢ではないんですけれど、それは低予算てことで。

三茶のこれはまだ既存の設備を流用しているからか、ソーラーな感じの給電装置は僕は見てないです。
なにが何でもソーラーでというつもりはありませんけど、イルミネーションとか遊び部分は積極的に節電対策してほしいなとも思ったりもしました。

でも少しでも気分がはなやけば、それでいいのです。
明るく空元気でもさ。
笑う角には副来るなのですよ!

かもんサンタ!

 

さーむーいー。

さーむーいー
夕方のくぅさんのお散歩でこの冬にはいてって最初の手袋導入。
真冬用の手袋なんですが、あったっかぽかぽか。
リードを持っている必要があるので、どうしても片手は外に出っぱなしになってしまうので、お散歩では片手が異様に冷たくなるんですよね。
これはゆゆしき自体なのでなんとかと言う事で。

ちなみにお散歩バッグ(うんち袋とか、おしっこ流し用の水を入れる袋ね)は最近肩掛け式にしたので外に出てるのはやっぱりリードを持つ手だけなんですよね。

くぅさんはちょうど良い感じなのかも知れないですけど、飼い主にはちょっときつい時期にになってきました。

 

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Author:はがね
日記は思考が結構、鬱っぽいので鬱日記になること多し。
購入して読んだ活字媒体と購入したCDのレビューやってます。
オタなので、ジャンルはオタ方向に傾倒。

チベタン・スパニエルという珍しい犬種の愛犬記事もありまする。

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