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とりあえず日々思ったことなんかをつらつらと。

 

劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-

見てきました。
本来は来週行く予定だったのですが、見れる時間がとれたので急遽今日見て参りました。
賛否両論有るかと思う終わり方、賛否両論有ろうかと思われる展開でした。
が、僕はとても楽しめましたし、これはすごく「あり」で、すごいアニメであったと思いました。

アニメ的な話では、すごいクオリティの映画でした。
MSの動き、迫力、半端ない映画でした。これは見た人が直で感じられるこの映画の良さですが、それは本質外なのでこの程度の感想で終わらせたい。

TV版の00は究極の所、「ガンダム」の枠から抜け出せていないアニメでした。
新しい設定や状況を用意しましたが、ガンダムというロボット、人と人が分かり会える可能性と進化の可能性、そして戦争を描いた作品でした。
劇場版の00で公開直前に異星体、すなわち宇宙きた別の知性体との戦いですと言う情報がでた時、僕は00は「ガンダム」である必要をもはや持っていないのだと感じました。
00は戦争というより、人々が分かり会えるか分かり会えないか、分かり会える為に何をするか、何が必要であったのかに重点を置いている作品でした。
だからこそ、戦争の構図が世界vsソレスタルビーイングという極端な戦力バランスでの戦いを描くことになっていたのだと思います。
その結果として、刹那はイノベイターとして革新し、世界に調和をもたらすものになった。
そして、そこへ宇宙からの生命体との情報。
あぁ、これは次のステップなのねと思ったのと同時に、ソレスタルビーイングの理念の中にあった「来るべき対話」はやはりこれだったと感じました。
はじめから要素としては有ったんですよね。到達点としてこの対話があるというのは、00的にはありだと思います。

そして、この映画版で描かれた「対話」。
それはものすごく特殊で刹那だよりであり、人類の革新、進化にはまだ到達していなかったのかも知れない。
でも、その「対話」するという可能性を人類は得た。それはすごい意識的な進化であるのではないかなと思うんです。
そして、00は「ガンダム」が描いてきた結果分かり会えない、分かり会えたとしてもごく一時期であったりする(Wだけは別で人類的には恒久平和を手に入れた事になってるけど)。詰まるところ、「ガンダム」は人が望む恒久平和というのは手に入らないと言う結果を描いているように思える。
可能性は示しているが、まだ難しいと描くのが「ガンダム」のテーマであり悲しさだと思うのです。
それに対し00はその先にあるものを描くのをテーマとしていた。
これまでの「ガンダム」と一歩違う所です。そして00は映画では「ガンダム」がやらなかった事に踏み入れた。戦争ではなく人類の存亡を描いたこと。00は「ガンダム」を卒業した気がします。
何よりTVシリーズの時に連呼した「ガンダム」という単語が1MSをさす単語に下がった事。それまで00のなかでは「ガンダム」という単語は象徴的に扱われてきました。刹那の「俺がガンダムだ」と言う有名な台詞からもわかる通り、それは呪縛のように00の可能性を縛っていたように今となっては思えます。

00で人類が得た「対話するという可能性」は、すごく大切でこの先の人類が考えないといけない事のように思えます。
現実の人類はまだ人類同士でもうまく「対話」出来ていない。
それはとても悲しい事。00で言えばTVシリーズのレベルに達していない。
これからの人類の方向性としてこうあって欲しいと言う願いのようなものがこの映画のテーマだったのでは?と僕は感じた。

賛否両論は有ると思う。
「ガンダム」じゃないことをはじめとして、結局刹那のような特殊な人に頼らないとだめなの?とかそういう面を突けば突けると思う。
でも僕はこの映画はすごく素敵な終わり方をしたんじゃないかな?と感じるのです。
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