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とりあえず日々思ったことなんかをつらつらと。

 

少女終末旅行

同名のコミックが原作のアニメ。1クール12話で放送されました。
原作は未読で視聴。
Wikipediaによれば、4巻までの内容をアニメ化したようです。原作は連載が終了していて6巻が最終巻になる模様。

文明が滅んだ世界をチトとユーリの少女二人があてどない旅をするという物語。
登場人物はほぼチトとユーリだけで、たまにゲストキャラが登場するものの、基本は二人のやり取りが主となります。
冒頭で旅立ちのシーンがちらっと描かれますが、大きな戦争があり、戦場から二人を逃がす「おじいさん」が居て、その元を半装軌車ケッテンクラートで旅立つシーンが描かれます。戦争状態であったということから、その時点では人は他にもいたはずなのですが、それ以降では2人しか人には出会いません。
AI搭載の機械とかにであったり、最終話にて謎の生命体に出会ったりはしますが…。

戦場から逃げるシーンの二人はその後のパートより少し幼く描かれていることから、たぶん、旅のスタートから1年か2年くらいは経ったのがメインのストーリーの世界なんだと思います。
淡々と廃墟を進む二人。食料や物資を探しながら、とりあえず上層を目指して旅をしているという感じで話は進んでいきます。
少し気難しいチトと能天気なユーリのやり取りがホンワカしていて優しい雰囲気なのですけれど、背景にある世界観が滅亡した世界という舞台であることを考えるとぞわっとします。
二人が上層を目指しているというのはこの世界の都市は階層構造になっているからで、上に行ったら何があるかは分からないのですがとりあえず二人は上層を目指しているというのは分かります。

最終話ちょっと手前で小さい謎の生物(猫ほどの大きさでヌコと呼ばれます)に出会ったり、拾ったラジオが電波を受信したりすることで、人が生き残っている可能性があるかと思わせておいて、最終話では人類の残したエネルギーを消化していく謎の生物(ヌコの成体)から、人の生き残りは二人だけだと告げられて絶望を感じさせます。
これから二人だけ、人と出会うこともなく旅を続けるというラスト。
二人の絆を確認しあって終わりというラストシーンでした。

雰囲気やチトとユーリのやり取りなどは楽しいし、見ていて面白い作品ではありましたが、全体に流れる絶望感みたいなものを考えると少し鬱になるような作品でした。
人の残した文明がなんだったのかというのを考えさせてくれるアニメでした。
特に最終的に謎の生物に出会うのが原潜内であって、しかもその原潜は原爆搭載型の潜水艦なんです。かなり上層のはずなのになんでこれがこんなところにあるんだろうとは思いましたが、まぁ、原潜が出てきて、それの中のエネルギーを処理した生物から、人間は滅んだと伝えられるわけです。
すごく悲しい。二人が途中でであった人もすでに鬼籍に入ったということを示唆していますし、どこまでいっても、もう人に会うことがないということを示していますし。
彼女らが人が残した文明として人が滅んだことを知るのが戦争の道具である兵器のところでというのがまた悲しい。
それしか、人は残せなかったのかと思ってしまう。そんなアニメでした。

原作ではアニメよりもう少し先が描かれたはずですが、どう終わったんでしょうね。これ。

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Fate/Apocrypha

2クール全25話で放送されたFateシリーズの一作となります。
原作は小説ですが未読。なにせTYPE-MOON BOOKSからの刊行なので、通常の本の流通に乗らないので入手が面倒なのです。本屋さんで売ってない。アニメショップとかでは売ってますが。
いずれは本で読みたいと思っていたのですが、読むより前にアニメ化されてしまったので視聴しました。

まず、この作品がFateシリーズの中でどういう立ち位置なのかというと、原点であるFate/stay nightの世界観ではあるのですが、stay nightが第5次聖杯戦争を描いていた作品であったのことをベースとして、その二つ前の世界から分岐した別世界という設定で描かれています。
第3次聖杯戦争で、アインツベルンが通常の7種類に分類されないサーバントを召喚したというのはFate/hollow ataraxiaで語られますが、その時に呼んだのがアベンジャーだった世界が、Zero、stay nightへ繋がる世界。ルーラーを呼んだのがこのApocryphaの世界ということになるのですが…。
全くそういうことは作中で説明されません。第3次でルーラーが呼ばれたということは説明されるのですが、その時に冬木の大聖杯がユグドミレニア家によって奪取されたとか、そういうことの説明はあるものの、Zeroやstay nightとの関係性は説明されない(しようがない)ので、説明されません。
その辺、Fateシリーズの設定を知ってないと、これの作品がどの辺に当たる作品なのかというのが混乱する感じです。
時間軸的にはZeroと同時期くらいにあたるのかな?

冬木の大聖杯が奪われた結果、冬木ではそれ以降は聖杯戦争は行われておらず、世界各地で小規模な亜種聖杯戦争が行われているという世界観です。
その中で、大聖杯を奪ったユグドミレニア家が満を持して行う聖杯戦争が、この作品で描かれる聖杯大戦と呼ばれる戦争。
従来の7組のサーバント&マスターでのバトルロイヤルではなく、7騎vs7騎のサーバントでぶつかり合うという集団戦という形になっています。
ユグドミレニアが勝つ前提で、聖杯戦争を準備した結果そうなったっぽいですが、召喚されたサーバントや、マスターとして選ばれた人物の関係で、簡単にユグドミレニアが勝利を収めるというシナリオにならなかったというのがこの話。
キーになるのは第3次聖杯戦争で生き残り、受肉していたルーラーのサーバントが居たということから、ユグドミレニアの思惑が崩れ始めるところでしょうかね。
このサーバント、最初はマスターとして出てくるのですが、途中で正体を明かしてマスター兼サーバントとして、聖杯大戦に参加してくるという話になっています。
また、審判役としてルーラー・ジャンヌ・ダルクが召喚されるので、サーバントは16人出てくるんですよね。多い。

ユグドミレニア側が「黒の」と表現されるのに対して、対する側は「赤の」と表現されていて、基本は魔術協会の魔術師がマスターになっているという話なのですが、調停役の神父であるシロウ・コトミネ(このネーミング、言峰と士郎から来ているんでしょうね…)が、赤側のマスター権を奪い取って、ユグドミレニア対シロウという図式になります。
ですが、各サーバントの思惑や願い、シロウの目的からの離反とか、逆にシロウ側に寝返ったりということもあって、サーバントの陣営の入れ替わりとかも激しい。
きちんと見てないと、だれがだれの味方なのか分からなくなるという感じでした。
黒のアーチャー(ケイローン)、赤のセイバー(モードレッド)、ランサー(カルナ)が有能すぎる。(笑)

ストーリーの肝はFate/stay nightやZeroの様に正義の在り方とかいう話ではなくて、審判であるルーラー・ジャンヌ・ダルクとユグドミレニアのホムンクルスであり、ひょんなことから黒のセイバー・ジークフリードの魂をその身に宿してしまったジークの恋物語がメイン。
そこに大戦でのジークの立ち回りや、ルーラーとしてのジャンヌの役割が絡んできて、ヤキモキさせられながら、サーバントの戦いを見て楽しむという感じの作品でした。
なんにせよ、サーバントの数がめっぽう多いので、その戦いを見てるだけでも結構面白かった。
そして、使命使命とお互いにかたくななジャンヌとジークを見ているのがじれったかったです。お互い恋とか知らない人物ですから仕方ないのですけれど。

最後は、誰も勝たない、勝利者などいない的な終わり方で終わっちゃいましたが、最後にジャンヌが歩いていたのが英霊の座みたいなところなんですかね?
作中では世界の裏側って言ってましたが、違うのかな?
ハッピーエンドではあるのだけれど、お互いそれでいいの?と聞きたくはなっちゃうなぁ。ジャンヌとかには受肉して現代で再び生きて、今度は幸せになってほしいとか思っちゃうんですけど、ジャンヌだけ召喚されて顕現するのに肉体を提供していた人(レティシア)が居たので仕方ないのかもしれないけれど…。
ジャンヌが受肉したらレティシアの人格奪っちゃうことになるのだろうし。どの道、これしか道が無かったのかなぁという感じですね。

どうしてもFate/stay nightやZeroのような伝奇ものと比べてしまいますが、これ、アクションものです。伝奇要素無い無い。
サーバントの真名もほとんど隠されてないですし、ほんとうにバトルもの&恋愛ものでした。
まぁ、面白かったから良いですけれど。
Fateっぽくはない感じ?とはいえ、最近はGrandOrderとかもあるので、Fateっぽいってどんなの?って感じではあるのですが…。
僕はこれはこれでありだと思いました。
ロード・エルメロイⅡ世(ウェイバー・ベルベット)がちらっと出てくるのですが、Zeroの聖杯戦争はなかったけれど亜種聖杯戦争には出たことがあるようで、イスカンダルの聖遺物を大切そうにしてました。そういうシーン入れるから逆にわかりにくくなるんだよぅと思ったりもしました。Fate/strange Fakeのフラット・エスカルドスもちろっと出てるし、つながりが訳分からなくなるでしょーと思ったりもしました。
まぁ、ファンサービスなんでしょうけれど。

Fateシリーズは新年からEXTRA Last Encoreもやりますし、どんどんつながりが分からなくなっていくぞ?(笑)

Fate/Apocrypha Blu-ray Disc Box I
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Fate/Apocrypha Blu-ray Disc Box II
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Just Because!

1クール12話で放送されたオリジナルアニメ。
青春もので、淡い恋心を基本的に描いていた作品です。恋愛もののドラマを見ている感じで、アニメじゃなくても行けるなぁこの話と思いながら見てました。
アニメ放送中1回、特番が挟まったのですが、主人公やヒロインの担当声優さんが舞台になっている神奈川県鎌倉市で聖地めぐりする特番でした。
聖地巡礼する人向けにやさしいつくり。(笑)

主人公である泉瑛太を中心に、いくつかの恋心を描いていく作品。
瑛太自身の恋は、相手である夏目美緒が親友である相馬陽斗の方を見ているのに気が付いていたので消極的気味に進行していきます。
陽斗は森川葉月のことが好きで、告白しようと頑張っているという流れ。それに後輩である小宮恵那が瑛太相手にだんだんと恋心を寄せていってという話。
最終的に収まるところに収まったのですが、結果的にあぶれてしまう小宮がちょっとかわいそうな感じでした。

瑛太の恋心は中学時代からのものなのですが、瑛太は転校してしまうことになり、その恋心は一度は終わったものとしていました。
それが、また転校で4年ぶりに神奈川に戻ってきたら、転校先の学校に美緒が居たということで、再び燃え上がる恋心。でも、美緒は陽斗の方をみているので、自分は言い出せないという感じ。
美緒の方も、陽斗が葉月の方を見てるのに気が付いているのでなかなか言い出せないという展開で、最初の方ずっとヤキモキしていました。
小宮は瑛太と陽斗が野球をやってるときの写真を撮って(小宮は写真部で写真部は実績が無いので潰れかかっている)、それをコンクールに出して賞をもらおうとしていました。それで被写体である瑛太に許可をもらおうとアプローチをかけているうちに心惹かれていくという感じで、互いの思いが少しずつ向きが重ならないというヤキモキ感がずーっと付きまとっていく話でした。

瑛太の転校は3年のもう受験シーズン直前で、クラスには所属せずにただ学校に籍を置いているだけという感じで描かれてました。実際にはこういう場合、そういう処置ってとられるんですかね?
陽斗と葉月の事を気にかけているクラスメイトから誘われたことで、瑛太たちはグループで行動するようになり、LINEでやり取りしている描写がアニメとしては新鮮でした。
そのうち、陽斗が葉月に告白したことから、互いの思いの向きが整理され始めて、最終的な形へ向かっていくことになります。
わりと単純なことで惹かれる相手が変わったりするのも、この時期にはありがちなことかなぁとか思いながら見ていました。
ずっと美緒の事を思い続けている瑛太がすごく一途だなぁと思えちゃう。

しかし、受験シーズンの真っただ中のストーリーで、受験に挑むのが実質美緒1人(瑛太も勘違いから受験するんですが、彼はもともと推薦合格している)なのはどーなのさとか思ったりもした。
美緒が志望校を変えて瑛太の合格している学校を受けているのに、瑛太が美緒の元の志望校を受けるとか、すれ違いがあったりして、最後までヤキモキさせる作品だった。しかも、瑛太、最後まで知らないんですよ?美緒が自分の行く学校へ志望校変えたの。
瑛太が美緒の元の志望校落ちてなかったらどうなってたんだよと本当に最後までヤキモキしたままでした。
最終話の時点では視聴者には瑛太と美緒がお互いに惹かれあってるのが分かっているので、すれちがったまま終わっちゃうのかドキドキしてました。
心臓にわるいぞ。若い子の恋愛模様。

タイトルのJustBecauseはたぶん、「だからと言って」ではなく「なんとなく」や「別に…」といった方の意味だと思います。瑛太の口癖ですしね。
なんとなく、彼らは惹かれあった。
それでいいんだと思います。淡い恋心が成就して、気持ちを確かめ合うお話。そんなお話でした。

 

雲のむこう、約束の場所

新年の1月3日に地上波で「君の名は。」が地上波初放送されるということで、その記念に1月1日に「秒速5センチメートル」、「星を追う子ども」、1月2日に「言の葉の庭」、「雲のむこう、約束の場所」が深夜に放送されたので、それで視聴しました。
で、今回は「雲のむこう、約束の場所」の感想です。

この作品は「ほしのこえ」で有名になった新海監督の初の長編映画作品となります。
とはいえ、上映時間は91分と後の「星を追う子ども」や「君の名は。」に比べると短いのですが、詰め込み具合では負けてない作品でした。
ジャンルは「ほしのこえ」同様にSFとなります。
もともと、新海監督といえばSFという印象があるので、順当な作品なのかな?
初期作だから当然といえば当然なのかもしれないです。が、「言の葉の庭」や「秒速5センチメートル」を先に見てしまった僕からすると、新海監督=純文学なイメージが強くなってしまっていて、「君の名は。」はまだ純文学に近い印象がある作品です。この作品や「星を追う子ども」の方が違和感はあるのを感じました。
まぁ、これは僕が新海監督の作品に触れた順番のせいということになりますが。

現実の世界に近いですがSF要素を含めているので、舞台になるのは現実世界に近い異世界、並行世界のお話となります。
ユニオンという組織が世界の半分を支配していて、日本は北海道がユニオンに奪われているという世界観。
北海道はエゾと呼ばれていて、中央に軌道エレベーターかと思うような高い塔が立っている。
それを青森側から見て育った少年少女たちが主人公となります。
浩紀と拓也はよくある、空に憧れるというか、自分たちで作った飛行機を飛ばそうとしている中学生。
そこに佐由理という浩紀がひそかに思いを寄せていた少女がかかわってくることから話がスタートします。
始めはユニオンとの国境を越境して塔を間近で見ようというだけだったのが、だんだんと国家的陰謀と、運命に翻弄されていくというストーリー。

新海監督は距離を描く監督さんだと思っていましたが、この作品ではその距離は近くなったり遠くなったりと、すごくヤキモキします。
なんとなくですが、「秒速5センチメートル」や「君の名は。」につながる原型がこの作品にはあったように思えます。
物理的な距離を離されてしまったり、やっと心が通じたのに、運命が邪魔をしたりといった要素がそれにあたります。
結果的に、浩紀と拓也は運命に翻弄されながらも、佐由理との約束を果たすことを選び、実行に移しますが、結果的に得たものは消えてしまう「約束の場所」であり、消えてしまう「佐由理との絆」だったというオチで、すごく悲しいストーリーとなってます。
主人公である浩紀の立場になってみるとすごく悲しくて、何のために彼は頑張ったんだろうとかちょっとすごく切ない気持ちにさせられました。
作品が全体的に陰鬱な印象が漂っていて、この悲劇は予想はできていたのですが…。
「君の名は。」以外では素直にハッピーエンドにならない新海監督作品です。

この作品を見て思ったのですが、悲しいエンディングというかすれ違ってしまって、一緒になれない主人公とヒロインを描きながら、それでも少しだけ未来に希望が持てるというのが新海監督のお得意のパターンなのかなぁと思いました。
いまいち、新海監督がマイナーなままだったのって、このオチの付け方に要因があるんじゃないかとちょっと思っちゃいました。
それを逆手にとって、ハッピーエンドにした「君の名は。」は爆発的ヒットをしたわけで。
次に発表される新海監督の作品が従来の路線に戻るのか、「君の名は。」の様にハッピーエンドを迎えるのかというのが、見ものかなぁと思っちゃいましたね。

ちょっとすれ違いとかあったり、ハッピーエンドにならない新海監督の作品の中でも、この作品は一番悲しいエンディングなんじゃないかなぁ。
主人公に待ち受ける運命とか、その後が、悲しみを予想させるものなんですよね。「秒速5センチメートル」もヒロインと結ばれないエンディングにたどり着くのは同じですが、主人公がすがすがしい気持ちで前を向いた「秒速5センチメートル」に対して、この作品では浩紀が絶望する未来が待ってるんですよ。
それを予想させる佐由理の言葉で作品が幕を閉じているのが、ものすごく悲しいと感じました。

SF要素が強い作品ですが、割とその辺に対する説明はなくて、ただの舞台装置ですと言わんばかりな感じでした。
物語がありきで、それを描くために設定した世界観がこうだったという感じ。
いろいろ、魅力的な世界設定なので、別の話も作れそうなかんじだったのですが、割ともったいない感じがしましたね。
研究所とか、テログループの設定とか、この世界の日本がどういう立場なのかとかもっと知りたいなぁと思いました。
画面からはあまり伝わってこない部分が多いので。
小説版を読むとずいぶんわかるらしいですが。

この作品を見たことで、新海監督の代表作で見てないのは「ほしのこえ」だけとなりました。最初の作品だけ見てないってのが微妙だ。

雲のむこう、約束の場所
コミックス・ウェーブ・フィルム


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星を追う子ども

新年の1月3日に地上波で「君の名は。」が地上波初放送されるということで、その記念に1月1日に「秒速5センチメートル」、「星を追う子ども」、1月2日に「言の葉の庭」、「雲のむこう、約束の場所」が深夜に放送されたので、それで視聴しました。
で、今回は「星を追う子ども」の感想です。

「星を追う子ども」は新海監督の4作目の映画作品。
以前に放送されて見たことのある「言の葉の庭」、「秒速5センチメートル」がSF色やファンタジー色を完全に排除していて、「君の名は。」ではSF色があるものの、基本的には男女の入れ替わりを除けば現実世界の話である雰囲気が強かったのに対して、この作品はファンタジー色が強く、地下世界アガルタの伝説をベースとしていて、話の半分は地下世界であるアガルタで展開されるストーリーとなっています。
「言の葉の庭」、「秒速5センチメートル」が純文学的であったのに対し、「君の名は。」はエンターテイメントでしたが、この作品は「君の名は。」以上にエンターテイメント的な作品となっています。
新海監督の作品を「君の名は。」→「言の葉の庭」→「秒速5センチメートル」という順番で触れてきた僕にとっては、ちょっと違和感を抱く感じの作品でした。
もともと、最初に新海監督の名前を知ったのは「ほしのこえ」のコミカライズだったので、SF色が強い作品は描けることは知っていましたが、ファンタジーを描くというのはどういう気分だったのかなぁと思うと同時に、引き出しが広い人だなぁと思いました。

見始めてしばらくして思ったのは、ジブリ?という感想。
絵の雰囲気もジブリにすごく似ていて、「風の谷のナウシカ」や「天空の城ラピュタ」のイメージが近いかなぁと思いました。
ストーリーの流れは現実世界から異世界へ行って帰ってくるという話なので、「千と千尋の神隠し」に近いものになっています。
ちょっと調べてみたら、ジブリを意識して作ったという監督の言葉があるので、似ているのは仕方ないかな?という感じです。
でも、ジブリのストーリーをベースにしたわけではなく、あくまでこれは新海監督の作品で、あまりジブリではやらない感じのテーマになっていました。

この作品のテーマは「死別」です。
人と人の距離感を描くのを得意としている新海監督ですが、また遠い距離を描いてきたなぁと思いました。
作中、何パターンか死別が描かれているんですよね。というか、死別したことがある人しか出てないというのが、すげぇと思いました。
主人公である明日菜は父親と死別していますし、作中で出会った少年との死別を経験し、可愛がっていた猫(?)との死別を経験します。偶発的にそうなったとはいえ彼女を導いていく存在である森崎は妻と死別していて、再び妻と会うためにアガルタを目指す組織に所属していた存在です。また、明日菜の前に現れたアガルタの少年であるシンは、明日菜が死別する少年シュンの弟。
いろいろな死別のパターンが描かれた上で、それに対する人の情動を描いていくというのが本作のテーマとなっています。
そして「死別」が何をもっても、引き返せない別れであることを痛いほどに描いてきます。
絵に騙されがちだけれども、つらい話でした。
そして、「死別」したということは、でも残された側にはまだこれからがあって、それを最後に描いていたのかなと思いました。
明日菜にはこれかがあって、彼女は数々の別れを経験したけれど、それを思い出として消化して前に進んでいく力を手に入れたという感じに物語が幕を下ろします。

人が生きていくのには、避けては通れない「死別」。
でも残された人はそれを乗り越えていかないといけないという、普遍的に人が繰り返してきた営みを、エンターテイメントの形で再度、見せて再認識させられた感じがしました。間違いなく、新海監督の作品だなぁと思いました。
良い作品だなぁと感じました。

星を追う子ども
メディアファクトリー


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十二大戦

西尾維新の小説のアニメ化作品。1クール12話で放送されました。
12人の選ばれた戦士が無人の都市を舞台に生き残りをかけたバトルロイヤルを繰り広げるというストーリー。
このバトルロイヤルが「十二大戦」と呼ばれていて、12年に一度開催される戦いで、干支にちなんだ戦士が参加するということになっています。
干支にちなんでいること、舞台となる都市が東京らしき風景であること、登場人物の本名が日本人の名前であることから、舞台が地球かと思うんですが…、どうも違うみたい。
あくまでファンタジーであり、舞台はどこかの別世界ということのようです。作中出てくる地球の地図では大陸の形が違いましたし、丑、羊の戦士には角があるのに誰もそれに言及しない、各戦士が異能の力をそれぞれ持っているなど、普通の地球では考えられない部分もあるので、あぁ、あくまでファンタジーで舞台は東京に似ているけれど、違う世界の話なのねと理解はできます。

展開として最初に巳の戦士が殺されていて話が始まるのですが、それ以外は亥、戌、酉…と干支の逆順に死亡していくので、最初の数話でラストに生き残るの子の戦士じゃんって展開が読めてしまうのと、ひとり1話あたりで自分語りするというスタイルがちょっと合わなくて、あんまり面白く思えなかった。
作品のテーマも途中では理解しにくいし。
自分語りしているとき以外は全部戦いのシーンなので話が単調だなぁとも思いました。

作品を制作するにあたり、最初に「どうしても叶えたいたったひとつの願いと割とそうでもない99の願い」という短編漫画があって、これをもとにキャラクターのデザインが起こされて、それをもとに西尾維新が小説を書いたということらしく、このフレーズは12話目のサブタイトルに使われていました。
子の戦士が十二大戦の勝者に送られる、「どんな願い事でも1つかなえられる」という報酬にたいして、悩みに悩んだ末に選び取った答えが、このフレーズにつながるのですが、この「どうしても叶えたいたったひとつの願い」をどう解釈するかで、この物語への評価って変わる様な気がします。
僕は、子の戦士が「十二大戦」の事をすべて忘れさせてくれと願った理由について、いろいろ考えてみたのですが、凄惨な戦いの末に人の犠牲の上に成り立った願いを叶えて後ろめたさを感じるよりも、何も叶えずにすべて忘れて普通に生きる方が幸せであるということを描きたかったのかなと感じました。
普通に生きるということだけで、どれだけ幸せなことなのかというのが、この作品のテーマだったのかなぁと感じました。
3回前の優勝者である未の戦士もいたって普通の願い事をしてますしね。

キャラクターは魅力的だった。
でも課せられた枠組みが物語を魅力的にするのを阻害したという感じの作品だったかなぁと思いました。
まぁ、一回見ればそれでいいやという感じに思った作品でした。

 

キノの旅 -the Beautiful World- the Animated Series

キノの旅、2度目のアニメ化作品です。
原作を読んでいるのはBlogで感想を書いているとおりですが、前のアニメ化の時も視聴してました。
前のアニメ化の時は、13話プラス2度の映画化とかありましたが、今回は1クール12話での放送となっています。
前作の続きという訳ではなく、新しく作り直したという形をとっており、前作と同じ話が含まれているのが特徴でした。
また、前作の「優しい国」でさくら役をやった悠木碧さんが、キノ役として抜擢されているのも特徴です。
前作の前田愛さんの演技を踏襲した形で役作りをしてらしたように思いました。
その為、キノ=前田愛さんというイメージがあった僕がみても、あまり違和感はありませんでした。

前作は1話あたり1つの国という作りだったような記憶があるのですが(コロシアムだけ2話だった)、今回は1話あたり1国という制限はなくて、原作の複数の話が押し込まれてる話があったり、前作ではまるっきりカットで無かったと思う、プロローグ&エピローグで構成された部分があったりと、原作に近いイメージを作り上げるのに苦心している感じがありました。
また、9話目では「アニメなあとがきの国」と称して、原作のあとがきで言及されていた「あとがきのアニメ化」が実現されてます。すげぇ。(笑)

キノの旅は主人公がキノだけではなく、シズや師匠といった別の旅人に焦点が当たる話がありますが、前作が極力キノの話だけに特化されていたのに対して、今回は、シズ一行、師匠コンビ、フォト&ソウの話が盛り込まれ、キノ分がその分少ない感じでした。
特に、シズ一行の話が3話もあり、結構ウェイトが多かったなぁと思いました。
シズ一行の話は「コロシアム」をやらないとシズがキノに関係する人だと分からないという問題があった上に、ティーが登場関係で「船の国」をやる必要があり、さらに1話分を追加するということでこの3話分が時系列に並べる必要があったというつくりになっていました。そのせいでキノの話自体も時系列に並んでいるように思えてしまうのが難だったかな?
よく見ている人は、キノが森の人やフルートを所有してるかで時系列バラバラであるのがが分かるのですけれどね…。結構難しいかも。

せっかく作るからには前作を超えないといけないと命題は課されていたと思うんですけれど、原作の雰囲気をアニメで再現するという意味では、前作より優れていたかなと思います。
その為のいろいろな仕掛けや、話の構成とか、なかなか苦心したんじゃないかな。
内容的には、「キノの旅」なので、風刺が効いている感じのいつものキノの旅でしたが…。
ただ、人気のある話を優先したので風刺が効いた話というよりは、どちらかというとストーリーを楽しめる話の方が多かったかな?
それとキーになる話(「大人の国」や「コロシアム」、「優しい国」など)が多く含まれていたのが特徴でした。
これ、せっかくだし2作目も作ってもらいたいなぁ。もっと見たい。

 

虐殺器官

Project Itohのアニメ化作品として最後に劇場公開された虐殺器官です。
当初はProject Itohのアニメ化では最初に公開されるはずだったのですが、いろいろな理由で公開が延期されたうえに制作会社が倒産するという事態により公開が不透明な状態になりました。その後、チーフプロデューサーが新たに立ち上げたスタジオに制作が引き継がれて、当初の2015年10月の公開から遅れに遅れて2017年2月に劇場公開となった作品となっています。
皮肉にもこの制作会社のリセットがあったおかげか、出来上がったフィルムの作画クオリティはProject Itohの3作の中で、最も高い水準にあったように思います。そのままの制作体制で当初の予定通り公開されていたら、もっとクオリティの低い状態だったんじゃないかな。SF色が強くアクションなどを描く際に画面からくる情報量というものがものをいう作品だけあって、クオリティが高い状態で公開されたのは幸いだったかと思いました。高いクオリティで残虐なシーンとかあるので、劇場公開時はR15+指定が付いていました。

という、経緯を持ったこの虐殺器官ですが、僕は<harmony />および屍者の帝国を劇場に見に行かずにBDを購入して見たので、この作品も劇場で見るのではなく、家でBDで見ることにしてBDの発売を心待ちにしていました。
で、発売されたので購入して視聴したという感じです。
やっと発売されたよ。<harmony />のBDが発売された当初ではまだ、劇場公開のめども立ってなかったのに。

見始めて、最初に違和感を感じるところがあります。
舞台設定の年代が近未来すぎること。一部作品で描かれるのが過去の出来事なのに現実には起こらなかった事件を描いていること。最初の数分間で舞台となる時代背景の説明的にテロップが入るのですが、事のきっかけになるサラエボでの核を使ったテロが2015年、そして物語の現在にあたるのが2020年というテロップが入ります。
ここで違和感を感じるんですよね。現実の2015年には核テロなんて起こってませんし、2020年として描かれる技術の状態が今よりかなり進んでいます。これはもともとの原作通りなのですけれど、原作が書かれた2007年であれば、9.11から続く現実を描いた作品として問題なかったのですが、作品世界が現実とクロスしちゃってます。これで違和感を感じました。普通、過去に書かれた原作が映像化されるにあたって、現実がその設定年代を追い越してしまったりあまりに近すぎる場合は、設定年代を映像作品ではもう少し先に設定しなおすものですが、この作品ではそれは行われていませんでした。
違和感を持ったまま見終わって何故かなと考えてみて、考えつく理由は2点。
<harmony />への連続性の維持と、原作者である伊藤計劃氏への敬意かなと。
作品をできるだけ変えずに世に送り出すということを考えたのかなと思いました。
また、<harmony />に続く設定があるので変えられないという事情もあったのかと考えたのですがどうなんですかね?

ほぼ原作通りの映像化でしたが、<harmony />と同じく原作を2時間という映画の尺に収めるためにぎりぎりまで要素を削り落としています。
その為、原作よりも難解な作品になった気がしました。
特に、主人公クラヴィスの抱く、母への後悔、懺悔の念という部分がごっそりと削られており、「死」というものに向き合う姿勢というのが、かなりぼやけてしまっています。
これが作品のテーマをわかりにくくする要因になってしまっていましたが、致し方ないところかなぁという感じです。
また、原作ではジョン・ポールを追って、何回か作戦が失敗し、その度、ジョンの思考をトレースし、考えるというプロセスをクラヴィスが踏んでいくという流れになっていますが、クラヴィスが思考するシーンが削られています。映画の尺に収めるにはどうしても削らなければならなかっただろうなと残念に思いました。
上記の点が無くなっているので、非常にクラヴィスの考え方、思考の方向性というのの変化がつかみにくくなっており、テーマを掴むのがすごく難解な作品になってるかなと思いました。
幸いにして、僕は原作を読んでいたのでテーマを事前に把握しており、難解さは感じませんでしたけれど…。たぶんこの作品は初見殺しな作品になってるなと思います。

逆に映像でわかりやすくなったなぁと思うのは、戦闘適応感情調整の不完全性を描くシーン。原作ではクラヴィスの思考という描写が、不完全なマインドセットを描写していましたが(そのせいでクラヴィスはいろいろ悩み、「大災禍」を引き起こすきっかけになっていくのですが)、映画では子供を殺すことに躊躇はありますかと問いかけるカウンセラーの台詞や、クラヴィスが少年兵から銃口をそむけるシーンがありわかりやすくなってます。クラヴィス明らかに躊躇しているんですよね。
そういうシーンは逆に映像化されていてわかりやすくなったのかなと思いました。
文章で書かれた原作と、映画という映像で描く表現手法の違いから、揺れ動くクラヴィスの心情を表現した差というものがあって楽しめました。

最後のシーンは監督の何かの意図があったのか、ぼやかされています。
クラヴィスは原作では「虐殺の文法」使ったことが明確に描かれていますが、本作ではそれに至る過程までしか描かれていません。
そこが原作と映画の大きな違いになっていると思います。
含みを持たせた分、解釈が大きく広がったのではないかと感じました。
ただ、原作をよくここまで再現できたなぁと感心しました。前記のように削られたシーンもあるし重みが変わったシーンもあります。ヒロインであるルツィアの存在感とか重要性とか相棒であるウィリアムズとの会話とかかなりウェイトが違くなっているのですが、それでも見ていて、「あぁ虐殺器官だ」って思える、感じられる作品ではあったと思います。
何度も見て、何度もかみしめる。そんな作品になってると思いました。
満足。

虐殺器官(完全生産限定版)
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終物語「まよいヘル」「ひたぎランデブー」「おうぎダーク」

2017年8月12日、13日に2夜連続で2時間放送で放送されました。
物語シリーズの終物語の下巻分のアニメ化。
視聴していたのですが、感想を書き忘れていたので「まよいヘル」のBDが発売されたこのタイミングで書いておきます。
なお、感想書き忘れた理由は、物語シリーズはテレビ版とBD版の比較のために録画したものをCMカットして保存していたのですが、間違えてHDDレコーダーから消してしまい、ショックで書き忘れたというものです。というか、見た直後に消しちゃったんだよね。
HDDレコーダーに残ってなかったので感想書き忘れた次第です。

物語シリーズの原作は、この終物語の後にも続巻が続いているのですが、アニメ化はここまでということのようです。
当初、物語シリーズは全話アニメを制作するという話はあったのですが、セカンドシーズンの頃の話ですし、ここで切るのはまぁ妥当かなという感じです。続・終物語から先は、基本、完結した作品にたいして継ぎ足しや補足みたいな話を延々続けてる感じがありますし、この「おうぎダーク」の時点をもって、阿良々木君の高校生活は幕を閉じるので。

「まよいヘル」「ひたぎランデブー」「おうぎダーク」の3編で全7話。となると、2時間×2日分に足りないので、今までの総集編が挿入されていました。
「まよいヘル」のBDには初日に放送された分の総集編が特典映像として含まれていましたから、2日目の総集編分は「おうぎダーク」のBDに収録されるのかな。
「まよいヘル」はあの町で起こった怪異事件に片を付ける種をまくはなしというか、吸血鬼化してしまった阿良々木君の地獄めぐりのお話。といっても八九寺と正弦と会話してるだけですが…。
コミカルに話が進んでいくのですけれど、これまでの阿良々木君の行動に決着をつける話であって、内容はシリアス。八九寺を救いたいという結果がああいう結末を生んだのかなと思うと、阿良々木君らしいと思ってしまいます。
ここまでで、今までのエピソードで忍野扇に関することと、羽川さんが忍野さん探しの旅から帰ってきてないこと以外はこの話があることで大体、決着が付く感じになっています。
「ひたぎランデブー」は阿良々木君と戦場ヶ原さんのデートの話。閑話休題みたいなエピソードです。
阿良々木君が吸血鬼化して困っていたというエピソードの決着である「まよいヘル」と今まで謎の存在で通してきた不思議ちゃん忍野扇との決着の間にこれをぶっこんでくるあたり、西尾維新半端ねぇなと原作では思ったのですが、アニメで見ているとただ時系列通りに話が展開しているだけだなぁって感じました。
妹たちとの日常や、これから続いていく阿良々木君の人生を感じさせる部分となっています。文章で見るより斎藤千和さんの声で聞く方が、戦場ヶ原さんのこじらせぶりが如実にわかって面白かったです。
「おうぎダーク」はすべての決着がつく話で、謎だった忍野扇がどういった存在であるかが開示されていく話となっています。
羽川さんが忍野メメを連れて戻ってくるとことか見どころですかね。
忍野さんが化物語以降、初めて戻って来た(回想シーンと傷物語以外)ところは忍野きたー!とか思いましたね。
阿良々木君が扇に対して、自分自身だと告げる運命的なシーンより、忍野が帰って来たという方が印象に残る罠。文章では忍野の名前とか割と毎巻出てた印象があって、久しぶりな気がしないんですけれど、櫻井さんの声を聞くのは傷物語を除いて久しぶりなので、本当に久しぶりだ!と思ったんですよね。声が付いてるってのはアニメの大きな利点かな。

実際のところカットした分とかもあるんでしょうけれど、ほぼ原作通り話が進んでいくので、全然違和感なく普通にするっと見てた。だからアニメ版の感想って言っても、なんか書きづらいものがありますね。やっぱり声優さんの声が付いたというところに感想が集中しちゃう。
アニメになると印象変わる作品多いけれど、物語シリーズはあんまり変わった印象は全体的に持ちませんでしたね。
長いシリーズになり、それを全部見きったってのは感慨深いものがありますが。
おおよそすべてハッピーエンドで占められているので、見終わった後のもやもや感も少ないですし、良い感じのエンディングだったかなと思いました。
まぁ、オフシーズンとかのアニメ化しないとは誰も言ってないので怖いのですが…。
これで完結かぁ。感慨深いなぁ。

 

バチカン奇跡調査官

同名のサスペンス小説が原作のアニメ。1クール12話で放送されました。
原作の3巻までを題材としていますが、短編集から2編分アニメ化したのかな?
原作は未読で視聴しました。原作の既刊は16冊ほど出てるようで、人気が出れば2期目とかが期待できる作品なのかなと思いました。
全体的に女子向けかなぁと思いながら視聴していました。

女子向けと思ったのは主人公2名が美形の男性で、出てくるキーキャラクターは基本的に美形男子で固められているからです。
というか、女性キャラクターはモブか死んでるかしてないと出てきてないんじゃないかな?
ということもあって、男性は楽しめるかなぁと4話まで(原作の1巻の分)視聴した段階で思いましたが、十分にサスペンスとして面白かったです。

主人公である平賀・ヨゼフ・庚とロベルト・ニコラスの2人のカトリックの神父さんが、世界中で起こった奇跡に対して、それが本当に神の奇跡であったのかというスタンスで調査を行うというスタイルのストーリー。
主人公2人はバチカンの専門の調査官であるという設定です。
で、調査に赴いた先で数々の事件に巻き込まれるというか、奇跡が事件の隠れ蓑になっているのでそれを暴いていくという話になっています。
6話から8話については、ロベルトの過去にかなり関わっていて、彼の人生を左右する話となっていました。
結果的に彼は事件を乗り越えましたけれど、もっと丁寧に描写していってもよかったんじゃないかなぁと感じました。4話までのボリューム感、丁寧さと、6話からのボリューム感、丁寧さに少し差異を感じました。
原作の1冊の話を短編2本を入れる為に、2巻、3巻に相当する部分では3話で終了しないといけないのがちょっと急ぎ足になってしまった原因に思えます。
でも、短編2本も必要な話ではあるので致し方ないというところでしょうか。
あと、本当の奇跡に出会ってしまうと話が終わってしまうというか、神の実在の証明になってしまいますし、話の展開上どうしても奇跡=ペテンやからくりであるというのが基本スタンスであるのがちょっと拍子抜けるというか、バレバレだなぁって思う部分でした。それでも楽しめるように仕掛けはかなり大掛かりな設定にされていましたけれど。

人気が出れば2期目が期待できそうなアニメですけれど、これは原作を読んだ方が楽しめそうだなって感じました。
ミステリとかサスペンスとかをアニメでやるって結構難しいんですよね。

 

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